福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

こころのそえぎ

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こころのそえぎ日記(ブログ)

2007年

新年は新事務所で

マンションが老朽化したので建替えるということで、

今の事務所の退去を要請されたのが11月初め。

去年9月に引っ越したばかりなのにー、

と愚痴がでてしまうけど、仕方がない。

それから、ずっと移転先を探していた。

カウンセリングルーム「こころのそえぎ」と不登校支援グループ「親子支援ネットワーク♪あんだんて♪」の活動、

さらに春からは「源氏物語講座」や「子育て支援講座」なども始まる予定。

それに見合う部屋数、環境、

そうした活動に対する大家さんの理解。

さらに駅から近く、安く、明るくてきれいな・・・・

となるとなかなか難しい。

一時は、「あるか??んなもん?!」と自分にツッこんでたけど・・・。

あったんですね?!これが?!

まるで待っててくれてたみたいに、駅から5分、静かな環境。

1階入り口に近く、窓が多くて明るくきれいな2DKが。

仲介やさんは、今の事務所を斡旋してくれたイケメンのお兄さん。(笑)

オーナーさんに仕事や活動内容など親身になって取り次いでくれたようだ。

いい人に恵まれて、♪あんだんて♪のスタッフも後押ししてくれて、

いい物件が見つかってよかった。よかった。

みんな年末で忙しいところを引越し準備にかかり、

年明けは新しい事務所に引越し。

こいつぁ、春から、あ、縁起が?、いいなあ??、チョン、チョンチョンチョン・・・・・・・・・

クリスマスプレゼント

今年はじめて作品展を見に行って、

すごく惹かれてしまいました。

中島由理さんの絵には、祈りがある。

なにを祈っているか、言葉はないけれど、

静謐、あたたかさ、清潔、誠実、希望、命、波動、共生、

といった言葉が浮かぶ。

生きとし生けるもの、森羅万象に通じるイメージを内包している、と思う。

ちょうど、クリスマスイブに注文していたカレンダーが届いたんです。

友人にも届けていただくようお願いしてあったから、

私も含めておもいがけないクリスマスプレゼントになりました。

ありがとうのFAXやメールがつぎつぎに来て、

なんとも幸せな気分のクリスマスイブになりました。

今夜は、同じマンションに住むようになった母もいっしょに食事をしました。

今まで見たことない幼女のような母の笑顔でした。

安心して笑っていていいんだよ、お母さん。

やっと会えた・・・。

会いにいこうと思ってたけど、

体が動かなかったって。

思いはあるけど行動できないとき、つらいね。

平均台の上で、必死にバランスとっていたから、

落ちないようにしているだけで精一杯。

暗闇の中がいちばんほっとできた、なんて

ずいぶん自分を責めていたんだね。

もういいよ。じゅうぶんすぎるくらい。

苦しんだから。もういいよ。

許してあげてよ、自分を。

ひとりだと声をだせないと気づいて、

会いに来てくれた。この私に。

生きてるあなたに会えて良かった。

目の前で声をだしてしゃべっている君がいて、

笑ったり、目が合ったり、絵を描いたりしている。

まるで奇跡のようなうれしさ。

小春日和

もう1年ぶりくらいになるだろうか?

夫とふたりだけで、散歩にでかけるのは。

あっという間に山の紅葉がひろがってきたので、

近所の疎水べりを山科から山中を通って御陵へおりてきた。

と一口にいっても3時間は歩いただろう。

いろはもみぢ、オオモミヂ、山はぜ、いちょう、くぬぎ、あべまき、えのき・・・

秋の色のグラデーションを楽しめた。

日に透かしてみると、もみぢの紅がしみるように鮮やか。

夫と自然のなかにいると、いろんな木の実を味見できる。

シシャンボ、野いばら、エノキの実、そろそろ冬いちごも。

ソヨゴは、きれいな赤い実をつけるけれど、

あまり美味しくないのかして、鳥には人気がない。

鳥は、美味しい実を先にたべるから、

美味しい実が鳥たちに食べられて、どこかの土壌にふんになって落とされてから、

時期を外して、鳥は残っている実を食べる。

ほかの実よりもゆっくり熟して、遅く食べられるか、

美味しくないけどもうほかに食べるものがないから、食べられるのか。

どちらにしろ、

時期をずらしていくための、自然の知恵に感嘆すると夫は言う。

それを聴いて

人間も、ついてなかったり、自分の力のなさを感じてなさけなくなることもあるだろうけれど、

それも自然の生態系みたいに、社会の網の目に組み込まれた人間模様の必然なのかもしれない。

いろんな巡りあわせがあって、今の自分があるとわかると、

自分にとってつらい体験も必要だったし、

苦手だった相手にも感謝しないといけないなと思った。

えなが、くろせきれい、キセキレイ、ひよどりもいた。

せきれいは、水面を渡る飛び石みたいに、

落ちそうになるとスイっと上がり、

す?い、す?い、と飛ぶのでよくわかる。

(去年ふたりで散歩したときは、カルガモの親子がいて微笑ましく、可愛かった。)

ぜ?んぶ。おっちゃんに言われて、「ふうん、そうなんだあ?」

と感心して聴いてるけど、1時間後には忘れてる。

自然年鑑みたいな人がいつも隣にいてると、覚えてる必要ないんだもの?。(笑)

久しぶりに神経を休めてほっと緩んだ気がする。

お父さん、ありがとう。

お父さん!その3

先日、デパ地下で買い物をしていたら、

店のおじさんが、

お客さんの注文をきいたとたんに、

「はい!よろこんで!」

ときもちのいい返事していて、

「おっ!」と気をひかれました。

家で家族に話したら、

だいぶ前から、居酒屋なんかで店員さんが言ってるそうです。

上の娘が「これからうちも、そういう返事をすることにしようか。

はい、よろこんで?!」

と言ったら、

おっちゃんが

「よし、今度言ったるわ。はよトイレ変わってや?って。」

娘「いやや?、このおっちゃん。」

私「おとうさん!」

家族療法の講座から・・・夫婦連合

ミニューチンの構造理論

 ミニューチンは、ユダヤ系の人だったので、第2次大戦時ヨーロッパから南米に亡命し、その後渡米した。

ニューヨークのスラム街で、病院や学校の校医としてさまざまな家族に関らなければならなかった。

 ニューヨークにはさまざまな血のつながりや家族のあり方をする人たちがたくさん居て、そんな大勢の家族のメンバーをみてミニューチンは家族療法を始めた。

ミニューチン自身がユダヤの大家族を大切にする環境で育ったことも大いにその理論に寄与しているだろう。

 彼は、家族の成り立ち、家族とはどんな機能を果たすのかというふうに、家族を力関係、役割関係でとらえてみようとした。 (さらに…)

家族療法の講座から・・・一般システム理論

一般システム理論を家族療法に応用する。つづき

生態システムは,

循環的、円環的因果律で動いている。

例)父が遅く帰っても、妻と子どもはし?んと黙っている。

黙っているという状態は父に返っている。

妻が子どもに「早く寝なさい」というと、

子どもは「明日は、休みだから起きててもいいじゃない」という。

父は「お母さんのいうことを聞けないのか!」と怒る。

妻と子どもはしらける。

家族の間に重たい空気が流れる。

というふうに、いろんな影響がそのとき家族の中だけで円環的にグルグルまわっている、という意味と、

そのときは何事もなく済んだが、

翌朝子どもが起きたら、父と母がずっと口を利いていない。

というふうに次の日に影響するというかたちで循環していく。

システム論的にいうと、ものごとは同じような状態でいることはなく、

いつも変化している。

その「変化」が家族にとって、さして問題にならないこともあるし、

大きな問題になることもある。

もうひとつ。

異なった原因から同じ結果が生じる場合もある。

父が遅く帰っても、家族はしーんと黙っている。

父が怒鳴っても、家族はしーんと黙っている。

父が遅く帰ると、家族が大喧嘩になる。

子どもが30分遅く帰っても、家族が大喧嘩になる。

その家族の受け止め方や、その家族がどんなルールで生きているか、によってそれぞれちがう。

生態までいかなくても、生きている人はモノゴトを同じように返さない。反応が違う。その反応は、その人のパーソナリティもあるし、その人のおかれている状態もある。その人がどのように世の中をみているか、ということも影響する。

家族の見方には4つある。

1、家族メンバーの組み立てられ方。

 力関係や役割関係を見ていく。

2、なん世代にもわたって、歴史を受け継いでいる集団。

 祖父母から父母へ、そして子どもへ受け継がれている問題。

 心理的遺産をその家族がどう受け継ぐか。

3、「今ここで」家族がどんなコミュニケーションをしているか。

  コミュニケーションをみれば、その家族がどんな状態でいるかがわかる。

こうした3つの流れがあったが、それにプラスして

4、ナラティブセラピーがでてきた。1980年代後半から90年代

 未来にむかって動いている家族の物語つくり。

家族がいきいきと生きられるような物語を作っている家族もいれば、

家族がいきいきできないような物語を作っている家族もある。

それは社会との関係の中で、いろいろなことが起こっているのだけれど、

どのような「この家族の物語」をつくることが個人にとっても、家族にとってもふさわしいのか、

ということを助ける。

未来に向かって、新しい物語を作るというところで、家族を助けるのが家族療法であると言う人たちもいる。

つづく

やさしいことはつよいのよ

やさしくね やさしくね

やさしいことはつよいのよ

「ねむの木学園」の宮城まりこさんの言葉。

遥か遠くからひろい涙の海を泳いできたみたいなまりこさんの写真といっしょにこの言葉をみたとき、

涙がでたよ。

きびしくすることは簡単なこと。

相手を責めたり、自分を責めるのもやりがちなこと。

こんなに厳しく指導していますと、

だれかに言い訳したいために、

弱い立場の人に厳しい対応をする人は色んなところにいる。

辛口の批評は、かっこよく見える。

悲しい気持ちやつらいことを人のせいにしたくなることもよくあること。

そんな一切をやさしさに転換し、

やさしい姿勢を貫くことの、なんと難しいことか。

やさしくあるためには雄雄しくなければならない

やさしい気持ちになるためには、客観的に冷静にみつめなければならない。

やさしさを伝えるためには、感じる心を鍛えなければならない。

やさしくあるためには、自分が何度も傷つかねばならない。

傷ついた人の攻撃に耐えなければならない。

耐えている人の苦しさに共感しなければならない。

そんな「ねばならない」の一切を飲み込んで、

ただ

やさしい私でいるよう、

心に決めて生きていくこと。

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