福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

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こころのそえぎ日記(ブログ)

2008年

はるかな河を渡って向こう岸へ

カウンセリングルームを開く前のこと、

この道25年の大先輩のカウンセラーに連れて行っていただいたところが、

とある渡しの船着場でした。

朝早いので、船頭さんがいるのかなといぶかりながら行って見ると、

ちょうど船の用意をしていらっしゃるところで、

「お、先生、はやいですねー」

とすっかり顔なじみらしい挨拶をされました。

小さな船だけどゆっくり場所を確保できて、

青い空の下をひろびろとした川面を揺れながら、

ぎっちらこ、ぎっちらこ・・・・

櫓を漕ぐ音にも癒やされ、ぼおおーっと心が緩んでなごむのを感じました。

「カウンセラーという仕事はね、

こちらの岸から広くて深い河を渡して、人をあちらの岸へ届けてあげる船頭さんなのですよ」

ご縁をいただいて来てくださった方になにができるかと思い悩むたび、

このときの言葉を思い出します。

その方の行きたいところへ行き着けるように、

彼の地がきっとあるはずと信じて、

船の上からはるか向こう岸を遠望しているのです。

今年も何人の方を送り届けることができたやら。

船に乗ってくださった方に感謝しています。

しっかり船のメンテナンスと漕ぎ手の筋トレを怠りなく、

北斎の荒波も越えていけるように

来年もがんばらなくちゃ。

潮もかないぬ 今は漕ぎ出でな

14・・・人間関係を育てる

 中学卒業の直前、中学3年生の2学期、3学期ごろから学校へ行けなくなった子どもにとって、周囲が進路を決めて行く中で、その焦りと不安は想像するに難くありません。急に潮がひくように自分のまわりに誰もいなくなってしまったような疎外感や置き去り感を感じて孤独にさいなまれていきます。親からは、今時分行けなくなってどうするのかと責められるでしょう。

 学校から、来るように言われるのもつらいですが、ほっとかれるのもつらいという自己撞着に陥るでしょう。

こういう場合には、どんな方法があるのでしょうか?いろんな人を見ていて、思うことを書いてみます。

 ひとつは、進路決定の時期がつらすぎるなら、一年間「家を居場所にして過ごす」という選択肢もあります。充分に心を休めて、好きなことやりたいことにじっくり取り組む時間が保証されます。それを通じて友達ができたり、知り合いのところでバイトをしたり、ボランティアをしたり、フリースペースに行っていろいろな活動に参加したり、・・・などの過ごし方をしている子どもたちがいます。

 2?3年家で過ごしてじゅうぶんエネルギーが溜まったら、なんらかの動きを見せはじめて、自分で必要を感じると高校に行ったり、高認を受けたりしています。

中には、好きな本を思い切り読みたくて、何年も家にいる子どもさんいます。

何年間かバイトをして、通信制高校に入り、バイトつづけながら併行して高卒資格をとっていく人もいます。

 もうひとつは、どこかに所属していないと精神的に不安定になってしまうのであれば、不登校を経験した子どもを多く受け入れている高校を親に探してきてもらって、その学校の感想を聴いたり、パンフレットやHPをみて、比較的合っているなと思うところにとりあえず入って、高校生活に馴染めるかどうか、少しずつ様子をみるという方法もあります。

中学時代にどんな経験をしたかでもちがいますが、中3で行けなくなった子どもは、「教室」に入れないほど心が傷ついている状態で卒業を控えているのですから、新たに高校という「教室」を見学するには、まだ元気が回復していないことが多いのです。カウンセラーから、子どもも一緒に見学に行ったほうがいいと言われ、でも目の前の子どもは落ち込んでいて動けそうにない、という事態に悩む親御さんもいます。

子どもが、どこでもいいから進学したいというなら、親だけでも複数の学校に相談に行き、子どもに情報を伝えていくといいでしょう。子どもが興味を示して、見学に行ってみようかと言い出すかもしれません。

入っても行けるかどうかは分からないけれど、それでも本人の安心のために入学金を納めても良いと思われるなら、手続きしてあげたらいいと思います。それぞれに家計の事情はちがいますから、通学できるかどうか不確定なら、お金は出せないと思われたら、子どもに事情を説明して、相談して授業料の安い進路を選択していかれたらいいと思います。

親がこれだけしてやったんだから、どうしても通ってほしいという気持ちになるなら、行けなくなったとき、子どもの落ち込みは深刻になります。

頭で行かなくてはという思考と心のしんどさとの葛藤がたかまり、自分を責めて精神的に非常に不安定になります。

どちらにしても、親子、家族とのコミュニケーションがよく、家がある程度安心できる居場所になっていれば、何とかなっていく子どもがほとんどです。その間に、ひと回りもふた回りも大きく成長しています。

要は学校であれ、学校以外であれ、どんな人間関係を経験して、そこから何を学んでいるのかがとても大切だなと思います。豊かな人間関係が紡いでいけたら、その子にとって一生の財産です。高校卒業が何年か人より遅れても、それ以上に得たものの方が大きいと言えます。

つづく

13・・・今の学校はしんどいけど高校進学したい子のために(2)

「高校」というと、昔ながらの全日制普通科の高校が思い浮かぶと思います。今でこそ、いろんな高校卒業資格をとる方法があると知っている私ですが、不登校だった上の子どもが中学卒業時には、何も知らず定時制か大検(大学入学資格検定試験)しか思いつきませんでした。あとは全日制の私学ですが、どこにどんな高校があり、不登校の子どもを受け入れてくれるところがあるのかどうかも知らなかったのです。今のようにインターネットもありませんし、新しい情報を得る手段がほとんどありませんでした。当時の学校からは情報をもらえませんでした。

高校、というより高卒資格が得られる進学先にはいろんな教育機関があります。

案外、学校へ行っている子どもでも、こういう選択肢を知らないために、無闇に成績にこだわりすぎて子どもを追いつめたり、「どうせ勉強できないから」と将来への希望をなくさせてしまったりしている場合が多いと思います。

全日制以外の高校と特徴および感想

・ 定時制・・・昼間定時制、夜間定時制、午前・午後の2部制、夜間もある3部制など。

 様々な年代の生徒が通うので、人生的な学びができる。

(中年過ぎて入学する生徒もいるので、教師と生徒の関係が全日制より対等で、生徒の意思を尊重する傾向があります。その分、ここで卒業するのだ、とか学ぼうという強い意志がないと続かなくてやめる人も多いと聞きます。やめた子ども達が、そのあとどうしているのかが、気になるのですが。)

 教師が生徒の生活面まで気にかけてくれる。

 学習面で、必要とあれば中1からやり直してくれる。

逆に最近は中学で不登校だった生徒が多く、中には勉強が好きで難関大学を志望する生徒も居るので、求めればそういう要望にもできるだけ対応しているという話も伺ったことがあります。

・ 通信制単位制

レポート提出、スクーリング、単位認定試験によって単位の履修、修得が認められる。

1年間に習得した単位は次の年に累積加算するので、留年はない。3年間在籍し74単位習得して卒業。

(全日制高校に行ったけれど、しんどくなった生徒は前籍校で習得した単位を持って転入できるので、退学する前に相談にきてほしいと聞いています。留年が決まる前に、親はある程度情報をいれておいたほうがいいでしょう。)

自分で作った時間割で授業を受けるので、自分のペースでやっていきやすい。

学校によって、少人数の授業を受けるシステムや個別指導と授業を組み合わせているシステムなど、いろいろある。

自学自習が基本なので、レポートの提出日や受ける授業と教室が科目によって違うので、ひとつひとつ自分で確認して自己管理しなければならないので、かなり強い意思が必要。

しかしこれを3年間やれば、実社会で役立つことは言うまでもありません。卒業生の人で就職活動のとき、自己管理する力がついたと自己アピールした人もいました。

・ 通信制サポート校

自己管理という面では、まだ毎日通学する元気を回復していない子どもがこなしていくには厳しすぎる面があるので、学習の支援をしたり、3年で卒業できるようにサポートするのがサポート校。

特定の通信制高校と提携し、その学校の生徒だけを対象にしているところと、通信制高校の生徒全般を対象にしているところがある。

前者は、レポートの作成提出、スクーリングや試験もそこで受けられるところもある。

近年このようなサポート校が、自前の広域通信制高校を設立していっている。

中には、大学受験予備校や受験コースを併設している学校もある。

担任制をとっているところと、少人数の場合、全教員で子ども全体を見ていくところもある。担任制の場合、担任一人当たりの生徒数が多人数で、なかなか手が回らない例も聞くので、確認したほうがよい。

しんどい思いをした子どもを多く受け入れているので、一人一人を丁寧に見てくれる先生が多いです。学習面だけなく、メンタルな面も相談に乗ってくれます。アスペルガーなどの特性をもつ子も個別に対応してくれる学校もあります。

*通信制高校でもサポート校でも、クラブ活動ができたり、独自のプログラムを作っていたりするので、学習面以外でやりたいことがあれば、そこから探してみるのも大切なのでは。

・ 高等専修学校技能連携校・・・職業教育(情報、ビジネス、調理、理美容、音楽、アートなど)を行う高等専修学校の中で、通信制単位制高校と連携しているところ。

授業時間数が多いので、不登校の子どもの場合、じゅうぶんエネルギーが充電できていてこの仕事につきたいとかこれをやりたいという積極的な意志がないと続けていくのは難しいように思います。

先日も、夫の知人の中学へ行っている子どもさんが、音楽が大好きでいろんな楽器を演奏して楽しんでいるけれど、成績が良くないので高校へ行けるのかと心配されていましたが、夫がこういう学校もあるよと教えてあげたら「うちの子にぴったり!」と喜んでいらっしゃったそうです。

不登校にかぎらず、いろいろ知っておくと安心して子どもを見守っていけるし、その子の熱中していることを伸ばしてあげられますね。

 

・ 高校卒業程度認定試験(旧大学入学資格検定)

高卒資格だけとにかく早く取得したいというのであれば、これはお勧めです。予備校の先生は、「とにかく授業にさえ出てもらえば、半年も勉強すれば取れます」とおっしゃってました。本当に4、5ヶ月通って受かっている子どもが結構います。

この資格が取れたことで自信ができ、大学や専門学校に進学していく子どもが多いです。

こうした予備校で、一度社会に出て必要を感じて勉強に来ている人など、いろんな人に出会って視野が広がったという経験も何度か聞きました。

何度も言うようですが、どこの学校へ行っているかということより、子どもが誰と出会って(家族でもいい)、どんな経験をしているのか、そこから何を学んでいるのか、なにを感じているのか、なにを考えているのかに意識を向けていったほうが子どものためになるように思います。学歴の上では立ち止まっていても、そういう時に子どもは精神の幹を太く成長させているのだと思います。傍から見ていたら、落ち込んでいたり悩んでいたり、のらくらしているように見えているんですけど。(と、今だから言えるんですけどねー。私もはらはらしたり、むかついたり、どきどきしたり、してたんですよー。)

つづく

12・・・今の学校がしんどいけれど高校進学したい子のために

 中学3年生のこの時期、進路先を最終的に決めるよう、答えを求められます。

中学を卒業すれば、義務教育は終了するのですから、学校がしんどいなら高校は行かなくてもよいようなものですが、高度成長期に入った頃、中卒の子どもたちが「金の卵」と呼ばれて町へ集団就職していた時代とはちがい、高卒でも就職は至難だと言われています。この現況に対して、「学校なんて行かなくてもだいじょうぶ、なんとかなるって」と言える人は少ないでしょう。こういう経路でこんな仕事があって、自立していけるよ。という具体的なモデルもなく、気楽に言うとしたら、それは無責任というものでしょうね。

子ども自身が、将来をいちばん不安に思っていて、なんとかしなければと焦っていて、でも悲しいかな子どもは圧倒的に情報量が少ないので、なにをどう考えたらいいのかわかりません。するとまた、学校へ行けなくなったことが、自分のふがいなさに思えて自分自身のなかにこもり、周囲の人に自己開示できなくなっていきます。ここでじっくり話をきいて必要な情報を提示してあげる大人がいたら、どんなに救われるかしれません。

だから、学校へ行けと言うかわりに、黙って情報だけは集めておくのが、親のできることの一つです。学校で担任や進路相談の先生に聞いたり、(でも、あまりご存じないことも多いです)できれば親の会などで、不登校を経験している先輩の学生さんとか、その親御さんから実際に行ってみてどうかという生の情報があるといいですね。フリースクール(フリースペース)の代表の方や教育相談、カウンセラーで不登校の相談をたくさんしてきた方から聞くという方法もあります。どこの私学も、公立の通信、定時制も個別の相談には随時応じてくださいますから、目星がついたら電話して相談に行くことをお勧めします。意外と親身になって考えてくださる先生も多いのです。対応があまりいいと思えないようだったら、入学してからも推して知るべし、選択肢に入れないほうがいいでしょうね。親自身が、安心してオープンに話せるような感じだったら、子どもにもいいと思います。

今在籍している中学校には小学校のときから知っている友だちがいたり、不登校になる前のクラスメートがいたりして、それで行き難いこともあります。また、みんながずっと勉強をつづけているところへ、しかも進学に向けて周囲の緊張が高まっているところに急に合流するのは難しいという事情もあります。 今ごろ学校に来れない状態だったら、あるいは教室に入れない状態だったら、高校も行けないだろう、と言われることが多いのですが、行けないのはそれぞれにしかるべき理由があるので、高校から行けるかどうかという判断基準にはなりません。

反対に、同じ中学校でも学校以外のところで、小学校からの友だちとつきあえる関係であれば、友だちの誘いで少しずつ学校へ行けるようになることもあります。(担任の先生が、クラスでの受け入れ態勢をつくっておいてから、教室に誘ってくださるという前提ですが。)

この時点で、それまでゆっくり心を休めてエネルギーが充電できた子どもは、高速道路からいったん降りた状態なので、元の高速道路に戻るのは難しいのですが、下道におりて、自分のペースで走るのは可能だったりします。(「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」という標語が流行ったことがありましたね。)

下道を走ると、いつでも自分の都合で休んだり、好きな横道に入ったり、ちょっと面白い物があったら止まってみたり、そこで出会った人とおしゃべりしたり・・・高速道路では味わえないいろんな経験ができる可能性があります。ただし、目的地に着くのは少し時間がかかります。でも元気が出てきて、目的がはっきりした子どもは、必要となれば高速道路に戻っていくこともあります。その場合は、しっかりエンジンをふかして加速し、ちゃんと流れに乗って行けます。親は、これを望みますが、自分が安心だからでしょうね。その3年間なり4年間を、本人がなにを感じ、なにを考え、どんな経験をして成長しているのかが、本当は大事なことなんですよね。周囲はどこの学校へ行ってて、成績の順位とか進学率の話ばかりだから、ともするとこんなことしてていいのかな、なんて、私でもたまーにふと不安がよぎったりしますもん。今までのところ、子どもに任せといて、なにか聞いてきたときに、自分なりに意見が出せるようにしておく、というスタンスでやってきて、まあこれでも何とかなるか、というところです。

不登校の場合、評定不能で内申点はつかなかったり、全部1になったりすることが多いのです。試験だけ受けている場合は、ある程度評定がついていることもあります。しばらくゆっくり休めて勉強しようかなと思うようになった子どもは、個別対応の塾に行ったり、家庭教師を頼んだりして、学校に行ってないけど勉強はしてるということもあります。

不登校の子どもの理解が進み、評定に関係なく、入試に受かれば入学してからのフォローを丁寧にしてくれる私学もあります。

 なかには中学3年間1日も出席せずに勉強もほとんど手付かずのまま、卒業する子どもも居ます。それでも、入試がなく面接と作文だけで入れたり、試験はあるけどほとんど合格するという高校もあるので、その時点で入れる高校の中から、子ども自身が(できれば見学して)行ってみようかなと思えるところを選んで行くと、結構馴染んでいけるようです。

 学力の面で言うと、どんなレベルの高校に入ったかということより、どんな先生や友だちと出会えるか、行きやすい距離、周囲の環境が自分に合っているかが大事で、学力は自分が望む程度についてくるなと多くの子ども達を見聞して思います。

つづく

尋常小学校の時代

うちのおばあちゃんから聞いた話ですが、

母は大正13年生まれだから、昭和ヒトケタの頃だと思います。

村の人が、

子どもがちっとも勉強ができないので、先生から上の学年に上げられないと言われて、慌てて本人を連れて学校へ頼みに行ったそうです。

「下にも、たくさん兄弟がおりますけえ、どうぞ上げちゃっておくれ。先生、そげなこと言わんと、どうぞ上げちゃっとくれ」

と何度も頭を下げて頼んで帰った帰り道で、

当の子どもが、聞いたそうです。

「おっかあ、先生に上げちゃっとくれ、上げちゃっとくれ、て言ってたが、なに上げるんかの?」

それを同じ年頃の子をもつおばあちゃんの母親に嘆いてこぼしていたのを、聞いていたそうです。

そういうことを恥と思わないで近所の人に話せる時代だったんですね。

「昔は、のんきでよかったなあ。今の子どもも親も大変や。

昔なら、勉強できなくても、自分ちのたんぼ耕してたらよかったから。」

とおばあちゃんは言います。

たんぼを耕すにも、試験に受かるための学力ではなくて、経験と知恵と知識が必要ですが、

そういうのは学校で教わるものではないと、親も子も知っていたからでしょうか?

こんな笑い話ができる時代はみんな余裕があったんでしょうね。

子どもものびのびとおとなの目から自由になって、

友だち同士、年齢もさまざまな集団で、野山で遊んでいたのでしょう。

11・・・「学校」は人それぞれオリジナルな体験

「不登校」の意味は、単純に「学校」へ行けない、行かないこと、なんですが、

この「学校」というのが、親の世代、そのまた親の親の世代、そのまた親の世代からずっとあったものなので、みんなわかったような気がしてしまいます。でも、よく考えると、ひとりひとりが体験している「学校」というのは、自分が通っていた学校であり、そのときの教室であり、担任の先生、クラスメートなのです。それは時代とともにずいぶん変わって来ています。また地域によっても全然ちがいます。クラスの構成員によってもまた違っています。

 学年ひとつ違えば、随分荒れている学校が、荒れていた学年の卒業とともに穏かになったり、学級崩壊のクラスの隣は、和やかに運営されていたり・・・。それは、教師だけの問題でも、子ども達だけの問題でもないのです。

だから、「不登校」を考えるならば、なにかのせいにして済む問題じゃないという認識がまず必要だと思います。

 「学校」(教室)に行けなくなるということは子どもにとっては、たまたまそのクラスになって、そこがその子にとって、いろんな要因で生きづらい環境になっているのです。

 1960年代後半から社会の産業構造が変わり、サラリーマン世帯が増え、核家族が増え、新興住宅地が増え、長時間労働と長距離通勤、転勤、単身赴任などで家族関係をはじめ、地域でも人間関係が希薄になってきました。ささいな問題でも、日常の人間関係の中で、グチをこぼしあったり、経験者のアドバイスをもらったりしていたのが、一人で抱え込んでしまい、積み重なって大きな重い問題になっていきます。

 子育てから言うと、車社会の到来で、小さい子どもが大人の目から離れて遊べる環境が失われ、子ども同士の生のぶつかりあいや大きい子どもが小さい子どもの面倒をみたり、子どもたちが暗黙のうちに培ってきたルールや遊びの伝承が途絶えてしまいました。就学前に、子ども同士のコミュニケーションや関係のとり方を学んでから、幼稚園や学校へ行くようになっていたのが、多様な価値観や感覚をもって集まっています。

 それでも未だに多人数のクラスに一人の担任、教師はふりつもる報告書や会議で忙しく、問題を抱える子どもも増え、しかも臨時雇用の教師が増えていて、教師同士のチームワークも希薄になりがちになっています。(でも、ほんとうにぎりぎりの努力をして、なんとか連携をとる工夫をしていらっしゃる先生がたもいらっしゃいます。そのご苦労に頭が下がります。)

だれもが孤立感や孤独感を深めやすい環境になってきたとも言えます。

サラリーマンが増えたということは、学歴が職業や収入に反映する人が増えたということです。その中で、親たちは一生懸命子どもにより高い学歴をつけようとしてきました。教育産業が繁盛し、「学校」も進学率を高めることを最優先の課題にしてきました。

(すばらしい授業のできる先生を否定しているのではありません。そんな授業を受けられる子どもの幸福は、すべての子どもにあってほしいと思います。ただ、それが人より高い学歴を得るためためだったり、競争のため、というのが本来の学問とはちがうと思うのです。理想論をあえて、言います。でないと、大事なことを見失ってしまいますから。)

 少しでも人より高い学歴をつけることが、子どもの「教育」というものであり、できるだけ効率よく「教育」することが親や教師のつとめだと信じられてきたと思います。でも、そこには大きな落とし穴がありました。

 まるごとの子ども、人間を受け入れる前に、学力や能力でいつも評価し、比較していくと、自分は自分であっていいんだという自己肯定感が失われていきます。

 人から求められる答えをできるだけ早く正確に答える、あるいは人の期待に応える訓練をしているうちに、本来の自分の求めているもの、自分の気持ちが何だったのか分からなくなってしまいます。

だれかに認められないと、自分を認められなくなったり、自信がなくなります。

そのために苦しい思いを抱えている人、子どもが増えている気がします。

 こういう話をすると、そうした家庭や自分自身の問題を抱えた子どもが、不登校になるのだと思う方もいらっしゃいますが、

どちらかというと、そういう殺伐としたクラスの環境に馴染めない子ども達がその環境(学校=クラス)に行けなくなっていることが多い気がします。

つづく

10 TVゲーム、ネット

 学校へ行けなくなるまでには、子どもの心は相当無理をかさねていて傷ついる状態です。エネルギーの風船の空気が抜けて、ぺたんとしぼんでしまっている状態だと思ってください。

 そんな状態の子どもを前にして、

学校に行けなくなってしばらくは、親はあきらめと自責とまだ他に手立てがないのかと担任に相談に行ったり、他の相談窓口を探したりしてもがいています。

 子どものほうは、親の登校刺激が止んで、少し楽になれたけれど、自分自身がこのままではどうなってしまうんだろうという不安と焦り、みんな行っているのに行けないなんてだめなやつだと自分を責めていて、苦しい気持ちでいます。

 近所の人やクラスメートに会うかもしれないから外には出たくないし、学校を想起させる勉強も手につきません。だれかが遊びに来てくれるでもなく、たとえ来てくれても学校にいっていない引け目で会いたくないことが多いのです。

 そうなると、家で一人でできることといったら、TVを見たり、TVゲーム、ネットをするくらいしかありません。それ以外は、ずーーっと悩んでいたり、自分を責めているのです。ゲームをやっているときだけ、悩みの思念から開放される、となるとゲームも何もしていない状態のほうが心配なのです。

 当初は、悩みから逃避するためにゲームをしていて、それこそ一日中起きているときはゲームをしていたという経験者も居ます。今まで聞いた最長時間は13時間。

毎日、来る日も来る日も・・・。見ている親もつらいです。成績のよかった子どもが、なにもせず毎日昼ごろ起き出してゲーム三昧、人によっては歯磨き、風呂、着替えもしなくなったりします。歯磨き、着替えなどすること自体が、学校へ行く前提があるからしてきたことなので、無意識に避けているとも言えます。

 「ゲーム脳」という言葉も一時よく聞きました。いまだに警告する医師もいます。幼児期から長時間ゲームをしていると、どうなるのかは知りません。自分の子育てから言うと、子どもが親について来てくれる10歳くらいまでは、親子で楽しめる体験をたくさんしたほうがいいと思います。というかそのときしかできなかった思い出をいっぱい作っておきたかったので、なるべく一緒にできることをしていました。

 小学校高学年、中学生くらいから不登校になった子どもについていえば、長時間TVゲームをしていたからといって、その後人格的に問題があったという例は私の周囲では聞いたことはありません。むしろ、それで精神的な安定を保ったり、ゲームの種類によってはそこから地理にくわしくなったり、ゲームの攻略本で漢字を覚えたり、ネットで知り合った人とつながったり、・・・・と功罪を見るかぎり、功のほうが大きいと思います。

 問題があるとすれば、家族とコミュニケーションがうまく行ってなくて、家族関係からも孤立している場合、バーチャルな世界にはまってしまい、身近な人との交流や外からの生の情報が入ってこなくなってしまいます。

ネットやTVゲームで見聞きしたことを、家族とオープンに話せる関係であれば、長時間やっていても心配ないと思います。親の批判的な態度やまなざしがあれば、口を閉ざしてしまいます。それよりも、面白がって聞いたほうが、どんどんしゃべってくれますし、子どもの感じ方、考えなど知ることもできます。親の意見もきいてくれるようになります。本当に興味があればの話ですが。

 今の中学生以上の年代だと親の世代は、TVゲームやネットにあまり詳しくありません。自分の知らない世界に不安を感じたり、批判的になるのも自然な成り行きかと思います。でも、わが子がとてもしんどい状態で、それらを必要としているのであれば、やみくもに禁止しないでいろいろ情報を集めたり、できるなら一緒に楽しんでみる(私は無理でしたが)とか、してみてもいいと思います。

 私も批判的なほうも、ゲーム容認派も、脳科学者の本も読んでみましたが、結局以上の結論になりました。

 脳科学からいうと、戦闘ゲームだけじゃなくて、いろいろな種類のゲームをしたほうが、脳のいろいろな機能が刺激されていいらしいですね。

子どもたちにききましたら、ゲームにも繊細なつくりのものと、荒れたかんじのものがあって、荒れたものばかりやってたら問題かなと。

しんどい時期に長時間やっていても、落ち着いて過ごせるようになり、他のことに興味がでてきたり、人とつながって会いに行ったりしているうちに、ゲームから遠ざかって行くものです。エネルギーがたまって、学校など外に出て行くようになると、する時間がなくなってきます。それでも本当に好きな子は、時間があればしています。他にやりたいことがあれば、まったくしなくなります。

相対的に、だんだんやらなくなって大人になっていく人がほとんどです。私の知るかぎり、ずっと続けている人は、専門にそれを仕事にしたいと思っている人です。そこから先は、仕事にできるのかどうかは、また別問題ですけれど。

 

9、不登校はなぜ生じるのか?・・・・真の学びを求めて

 

「サブプライムローン」「金融危機」「世界大恐慌」という文字を目にするようになって久しいですが、株式取引なんて遠い世界なので実感のないまま、中小企業から影響を受けていくんだろうな、これから生活していかなきゃならない若い世代、私たちの子どもたちはどうなるのかなと不安です。

 日本のバブルが弾けたときも、銀行の貸し渋り、貸しはがしなどで大変で、ちょうどその頃親の会社で経理をしていた私は、いろんな種類の融資を調べては、書類を揃えてもっていき、資金をつないで綱渡りしていましたから、経営者の方の心労が他人事と思えません。

 これで新自由主義の破綻が表面化した、とか言われますが、失われた人間関係の信頼は取り戻せるのでしょうか?

 バブルではなく、これから実体のある経済社会になっていくのでしょうか?1930年代の大恐慌の後のように、これ以上戦争が拡大していくのはなんとしてでも阻止されなくてはなりません。

非正規雇用の話を聞くたび、なんかおかしい、まじめに働いているのにまともな生活ができないなんて、おかしい。と思っていたけれど、これからまともに働き、生活できる社会にシフトしていく可能性はあるのでしょうか?

不登校の問題は、子どもの自立にむけての不安だから、こうした社会の労働状況がそのまま親や本人の不安になってきます。「勝ち組」「負け組」に分ける考え方に染まらず、「自分組」で自立して生きていくことができるのでしょうか?私たち親の世代が生きてきたように、子どもたちが自分を見失うほど頑張らなくても生きていけるようになるでしょうか?

 

労働の後、親子で食卓を囲む風景は、子どもの人格の発達に必要なはずです。親子で無理なら、子どもたちが安心していられる人たちと一緒に。何年もあとで思い出して心が温かくなるような経験こそが、生きていく力になると思います。

そんなこと考えてると、私は外へ出て働けなかったし、子どもたちも夜遅くなる塾へ行かせることもできませんでした。子ども本人が上昇志向の強い子どもではなかったので、そこまでして勉強したいとは言わなかったこともありますが。

思春期になると、どの子も不登校になりましたから、学校の進学熱、格差社会の文化とも無縁でした。情緒的な面では、それがよかったと思います。再び学校や社会に出て人間関係もそれなりに豊かにやっていってるところをみると、だいじょうぶかなと思います。ただ、それで今の社会でどう生きていくのか、経済的に自立してやっていけるのかはまだ先のことなので見えませんが、正直言って不安はあります。

開き直りではありませんが、それ以上は個人的な努力では限界があって、本人なりに努力しているのですから、それ以上に子どもに何かをがんばらせようとすると、人より努力して上に上がらなければとか、そのくらいの努力ではまだまだ足りないとか、強圧的にならざるを得ないような気がします。そんなこと言いたくもないし、親子関係が悪くなること請け合いです。そうやって、ワンランク上のレベルの大学に行ったからといって、将来が保証されている訳でもないのです。

たとえば、教員の採用でも、何年も非常勤でがんばっている先生の話を聞くと、なんとか教育予算を増やして教員の数を増やしてほしいと思います。(そういえば、20年も前から40人学級を35人にという署名がまわってきてるけど、全然改善されないですね。)それは、本人の頑張りだけではどうにもならない問題です。

福祉の現場でも、やめるか倒れるまで働きつづけるかというところまで追い込まれていると聞くと、これからもっと高齢者が増えてくるのにどうなるんだろうと思います。

若い世代が将来こんなふうに働いて自立して、自分なりに楽しんで暮らせるというイメージがもてなくて、しんどくなっている気がします。

 

この金融恐慌のあと、世界がどう変わるのかわかりませんが、どうか人間を大切にする方向へシフトしていくようにと願わずにはいられません。経済学の専門家に期待します。

そういえば、ノーベル経済学賞を受賞されたポール・クルーグマンプリンストン大学教授は、ブッシュ政権の経済政策をずっと批判していたんですってね。なんだか希望が持てそうな気もします。あまいかなあ?

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