福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

こころのそえぎ

子どもと家庭の相談室へようこそ

1年が過ぎた

今日は、父親の1周忌の法要があった。

あの日も、頭がくらくらするほど暑い日だった。

療養型病院に転院し、いつ行っても昏々と眠る顔をみるだけの見舞いだった。

病院が遠方になったこともあって、だれも行けなくなり、私ひとりときどき行っていたけれど、

時間を捻出しながら、しょっちゅう行けないのを心のどこかで言い訳しながら。

「父さん、私は今、あるご家族が危機に直面している真っ最中にいるの。

手がちぎれそうに痛いけど、この手を離すわけにいかないんよ。」

現実認識ができなくなった本人に代わって、病状の変化があるたびに

家族が延命治療の希望を尋ねられる。

何が一番本人にとってよいのか、

この判断が、本人の意向に沿わないかもしれない。

この決定が、命を縮めるかもしれない。

人の生死の決断を自分ひとりの肩に背負わされるのが、

とても理不尽な思いがして、かなしくて苦しかった。

ある日、自分の判断の迷いをヨガの先生に問うてみた。

「さまざまな枝葉を取り払ったとき、

あなたの真我が見えてきます。

一番よいと思うことをすればいいのですよ」

私の周囲には、豊かな知恵や思いやりを持っている人がたくさんいて、

助けてくださる。

ぱたんと戸を閉めるように父は逝った。

まだイビキが聴こえてきそうな顔だった。

この一年、小さい頃からの自分の課題が次々にあらわれて

近年にない落ち込み方だった。

あー、ほんとしんどかったな。

で、何が分かったかというと

「私は私であっていい」

ただそれだけのことがうれしい。

コメント

コメントをお寄せください。

コメントの投稿

* コメントフィード

トラックバック

トラックバックURL: http://kokoronosoegi.net/2009/0729000000.html/trackback/

ページトップへ上矢印

Get Adobe Flash player