福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

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こころのそえぎ日記(ブログ)

2009年

15・・・祖父母の世代と親との葛藤1

 あけましておめでとうございます。

という気分も薄れてしまうほど、新年明けてから日が経ってしまいました。

みなさまは、どんなお正月を過ごされたでしょうか?

不登校の子どもにとって、お盆、お正月は鬼門ですね。

親戚縁者が集まるところへは、顔を出したくないもの。

ほんとうは、親だって遠慮したいところです。

こればっかりは、どう理解をしてもらったらいいかわからないです。本人にも、なぜ学校へ行けないのかよくわからないので。行こうとすると体が拒否反応を起こすのですから。

「学校はどうしている?」「このままにしてていいの?」

なんて聞かれてもねー。一番本人が気にしていて、答えを見つけられなくて苦しいところを、突かれると・・・。

ボランティアで活動している不登校支援(親子支援ネットワーク♪あんだんて♪)も始まり、早速「孫が学校へ行けなくなっていて・・・」というおばあちゃんからの電話相談。

「大人しくてやさしい、笑顔のかわいい子ですのに」と、心配なさいます。

どんなにか愛しい思いでかかわってこられたか、お聴きしていると伝わってきます。

 不登校の認識にも、世代間のギャップ、急激な時代の変遷が現れていて、「学校へ行けて有難い」という時代に育った祖父母の「学校」と今の「学校」環境とでは、想像もつかないほどの違いがあると思います。

 また、親でも祖父母でも「学歴」の有る無しではなくて、生活面でも精神的な面でも「学歴」の恩恵を受けて生きてこられた人と「学歴」にあまり関係のない仕事や生き方をしてこられた人とのちがいが、学校へいけないわが子、孫を受け入れられるかどうかに現れているように思います。

 祖父母の心配は、親に対しては「甘やかすから」「しつけがちゃんとできていないから」など、親への批判、非難になります。とくに子育てに関わる割合が多い母親に集中するのも、この社会一般と同様です。

母親が仕事をもっていると、忙しくて子どもにかかわっていなかったからと言われ、専業主婦だと過干渉、過保護だったからと言われたりします。

仕事をしているお母さんが、「小さいころ預かってもらっていたおばあちゃんが、学校へ行っていたときは、『私が育てたようなもん』と言っていたのに、不登校になったら『あんたの育て方が・・・』と言われる」と不満を漏らしていました。

だれかのせいにしないと、心配と不安の持って行き場がないのでしょう。

実の親子であるか、義理の仲(嫁姑)であるかというよりも、それまでの親子関係や嫁姑、夫婦関係が反映したり、もちろん価値観も反映します。加えて、代々しつけの厳しい家柄であったり、わりあい自由にのんびりした家風であったり、というちがいもあります。

たとえば教育関係者を多く輩出している家系で、祖父母も教師、管理職だった場合など、親子で追いつめられてしんどくなることが多いです。

 自分の親からは、「甘やかしている」と言われたけれど、姑からは「あなたが今まで一生懸命育てて、ちゃんと成長していることは私が知っている」と励まされたお母さん。

逆に高学歴の夫の母(姑)から、「私は立派に息子の子育てをしたのに・・」といわれた人。

元校長だった父親から責められ、何とか子どもを学校へ行かせようとするお母さん。でも、子どもはますます具合が悪くなっていくのでよけいに悩むのです。

親類縁者が高学歴の家柄で、盆や正月に帰省するたびに肩身のせまい思いをしている人。

姑から批判され、夫も同じ態度で孤立し、遠い実家の親に受け入れてもらってたびたび電話しているお母さん。

学校でのいじめや体罰が発端で行けなくなった場合、もっと学校に行って何とかしてもらうようにと、親にプレッシャーをかける祖父母もいます。

子どもの不登校を窓口に、親子関係、夫婦関係、嫁姑関係、親類などさまざまな人間模様が見えてきます。

「この子さえ学校へ行ってくれたら、今の悩みはなくなるのに」と思う親は多いですが、もともとあった問題が子どもの不登校をきっかけに表面化したとも考えられます。

そこから一時的に人間関係が悪くなったり、疎遠になっても、より関係が深くなることも多いのです。しかも、不登校の子を媒介にして。

つづく

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