福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

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こころのそえぎ日記(ブログ)

2011年9月

殴らなかったそのこぶしがかっこいい

昨日は、子ども虐待をテーマに家族カウンセリング協会の研修。

 

子ども虐待は、特別な親や家庭で起こるのではなく、どこにでも起こる可能性があるという視点からの臨床経験豊富な講義で、たいへん勉強になった。

虐待はどこの家族にも起こりうると考えると、「他人事」にできない。

特別な家族の特異な現象ととらえると、当事者の思考、感情、感覚を理解できなくなる。

これは、対人援助の基本的な姿勢にかかわる視点だと思う。

 

虐待を受けてきた子どもは、クラスの中で暴力的だったり、パニックを起こしたり、教師を試すような行動を起こすことが多い。

ゆがんだ環境や人間関係のなかでなんとか生き延びてきた子どもたちが、自分を守るために無意識にしてきた思考回路や行動様式を変えて、標準的な関係をもつことが、非常に困難だということは理解できる。

虐待を受けている子どもの多い学校では、先生たちが対応に苦慮しながらも、虐待について学びながら日々子どもたちと向き合っていらっしゃるそうだ。

 

そんな子どもの一人が、いつものようにキレてクラスメートを殴ろうとしたが、その日初めて、逆にクラスの数人に取り囲まれて反撃にあいそうになり、担任のところへ逃げてきた。

その子の日ごろの暴力に心を痛めていた担任は、いきさつを子どもから聴いて、「その殴らなかった拳が先生はかっこいいと思うよ。」とおっしゃったそうだ。

 

なんて素敵な先生なんだろう。

その子の悔しさ、敗北感を汲み取って、いつもやっている行為を望ましい行為に変えた子どもを認めている。たった一言で。

先生が、かっこいい!と思った私だった。

 

 

 

脱原発アクションウィーク

9月11日〜19日 脱原発1000万人アクションウィーク

今日が9月の最終日だったんですね。

大勢の人の集まるところは苦手なので、デモはほとんど行ったことありません。

脱原発に関しては昔から署名活動や寄付などで、参加してたのですが、

たまの休みにどこかでやってないかなー?とネットを見ていたら、うちの近くでは昨日終わっていました。

で、今日は敬老の日。子どもたちといっしょにおばあちゃん宅で、パステルカラーの絵を楽しみました。

 

政財界では、原発の再稼働をもくろんでいるらしいし、マスコミもだんだん報道しなくなってきているのが、余計に裏でなにかが進行しているのかと想像して怖い感じがします。

毎年50万人と言われる被曝労働する人たち

廃棄物の処理を何代にもわたって押しつけていくこと

DNAを傷つける放射能のこわさ

を思うと、原発があるかぎり本当に穏やかに安心して暮らしていけないのです。

 

小出裕章さんや反原発の学者は、今すぐにでも原発はとめられる、電力不足は起きないとおっしゃっていますね。

環境NGOのグリーンピースが、ドイツ航空宇宙センターと協力し、2012年に日本ですべての原発を停止しても、電力も雇用もまかなえ、CO2削減目標も達成できるシナリオを作成しているそうです。

でも、原発容認派は、原発がないと経済が立ち行かなくなると言っています。

どちらが正しいか私にはわかりませんが、100%安全でないといけない、ひとたび事故が起これば、どれほど悲惨な事態になるのか分かった今は、

まず「原発のない暮らし方をする」ということを大前提に考えていかなければならないと思います。

原発のない世界でどのように電力を賄っていくのか、節電対策をしていくか、を考えて実践していかないと、地震大国の日本にいつまた福島のような事故が起きるかわからないのです。

 

震災や原発事故の以前から、日本の子どもたちは将来に夢や希望が持てないという調査結果が出ています。

今はもっと子どもや若者が将来に漠とした不安を抱えているのを感じています。

この子らに、なにをどのように頑張れといったらいいのか、私も悩みます。

自分や周囲の人を大切にして、毎日の生活を感謝して過ごすことしか、子どもたちに何もいえることはありません。

おいしい料理をつくってあげることくらいしかできることがありません。(最近野菜が高騰しています。)

 

 

 

 

「今ここで」を感じ続けると

今ある心の問題を解決しようといくら考えても解決しないけれど、

「今ここで」自分が何を感じ、どんな感情があるのか、を感じつづけていると、

自然に問題は解決している。

(と、ゲシュタルトワークで聴きました。)

 

すべてのカウンセリングやセラピーは、

「今ここで」の気づき。

これにつきるのです。

 

試しに、「今ここで」の自分の体のなかの感覚を感じてみてください。

どんな感情が湧いてくるでしょう?

 

おそらく数秒後には、思考が働いて「なにか」を考えているはずです。

考えているときは、たいてい過去に戻っています。

「今ここ」にいないのです。

 

一瞬一瞬変化していく感覚や気持ちをずっと感じ続けることは、なかなか難しいです。

なので、第三者に寄り添ってもらって、気づきを促進していくのです。 

 

シンポジウム無事終わりました。

ご報告が遅くなりましたが、9月4日「子どもがハマるゲーム、パソコン、ケータイを考える」

シンポジウムを開催できました。

「できました」っていうのは、例年になく今年は参加が激減し、開催が危ぶまれたからです。

台風のせいもあるんですが、台風がくる以前から、お申し込みが極端に少なくて焦ってました。

でも当日スタッフも含めて30人が集い、中身の濃いよいシンポジウムになりました。悪天候にもかかわらずお越しくださった方々、ほんとうに有難うございました。

 

 

経験者の話は、毎回ちがって、いつも感動します。

長時間ゲーム、パソコンに向かっていると親はしぶい顔をしてみてるし、食事のときも説教される。となると、子どもは行き場がなく、ほっとして自分を出せる場所はネットの中だけ、という状態になります。

不登校になると、学校で自分を否定され、家で親や家族に拒否される、という経験をしていると、自分の居場所がどこにもないように感じはじめます。

たび重なると、だんだん食事も自室で摂るようになり、ネットの中に入れば、自分を受け入れてくれる相手がいる。となると、だんだんネットの世界が自分の居場所になるというのも理解できる気がします。親子のコミュニケーションの通路はいつも開けておかないといけないでしょうね。

子どものはまっているゲーム、やパソコンを親も触れてみて、使わなくても知ることだけでも努力してみる、というふうに親が近付くと、子どもも喜んで近づいてくれます。

ゲームやパソコンの話を興味をもって聞くだけでも、ぐんと距離は縮まると 思います。

 

 

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