福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

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こころのそえぎ日記(ブログ)

2011年

不登校の賜物

学校へ行けなくなり始めた当初は、初めての経験に子どもも親もうろたえ混乱している。子どもの状態をどう解釈してよいのか、どう対応したらよいのか、わからない。

 

そんな時期からだんだん家で落ち着いて過ごすようになると、子どもとの長く深い付き合いが始まる。

学校に行っていたら考えられないほど、親子の会話があり、おのずとお互いの考えや感じ方が伝わる。

 

 

子どもって、親が思っているよりずっと親のことを気遣っている。

親も子どもの顔色に一喜一憂しているけれど、子どもは親以上に親の顔色を見ている。

自分のせいで親がしんどいのだと思うととてもつらくて、かえって親にあたったりする子どももいる。 (さらに…)

クロード・スタイナー博士・・・つづき

厳しい親の心CP(批判的な・支配的な親)は、

究極では、「言うことをきかないと、もう知らん!」と突き放す親である。

とスタイナー博士がおっしゃっていたのを何度も思い出すのです。

 

言いかえれば、「思い通りにならないお前は見捨てるぞ」

というメッセージなんですね。

不登校やひきこもりの子ども・若者にとって、これは恐ろしいメッセージです。

自分の内なるCPに責められてつづけて、動けなくなっている上に、親からこのメッセージを受け取ると、ますます委縮して動けなくなってしまいます。

 

だから、温かい優しい親の心NP(養育的な親)が必要なんですね。

「どんなあなたでもいい。ずっと傍にいるよ。」

という温かい見守りの目を感じると、子どもはエネルギーを回復していきます。

心身の回復を待って、

そこからどう社会につなげるか、

を冷静な判断力A(大人の心)を使って模索していくのです。

 

でも、これは親にとって相当しんどいのです。

CPで、子どもを責めるほうが余程ラクです。

カウンセリングや親の会に行って、NPの気持ちになっても、

身近なだれかから「そんな甘いこと言ってて大丈夫?」なんて言われると、

また迷い、悩んだりします。

いつもCPとNPの間を揺れ動いているのです。

でも、子どもが元気を回復していくにはNPが必要なんですね。そしてそれは、適切な情報や判断のAに裏付けされた

NPなのです。

 

 

出会いをつくる

今日は、地域の若者サポートを考える会に参加。

行政の方からNPO,民間の支援団体、大学の政策部の先生までいろんな人が集まって、「一緒に考えるための場と人」をどう確保するか、

話し合った。

10人ほどの会合だが、

いろんな立場の人が、自分の立ち位置から話をするので、聴いているだけでおもしろい。

でも、具体的には今の自分の活動とどうリンクするのか?、ぴんとこなかったけれど、ひとつふたつ拾えるものはあった。

 

不登校支援の活動のひとつとして、経験者が今しんどい渦中の子どもと交流するピア・サポート事業を紹介したので、大学の先生が学生を紹介すると言ってくださった。

講義のなかで、「200人のクラスだから、この中には中学高校時代に不登校を経験している人が20人や30人はいるだろう。君たちの経験を活かせる場がきっとある。その経験があるからこそ、できることがあるんだよ。」という話をされたら、あとで話を聴きに来た学生が二人いた、ということだった。

 

「20人はいるだろう。」と言ってくださって、「自分ひとりじゃないんだ」と安心した学生は多いのじゃないかな?そして、その経験はプラスに活かせるのだと意識を開いてくださった先生に感謝。

学生が自ら名乗りをあげて、自分の経験を活かしたいと思っているのは、自分もよい支援者に出会っているからだろう。

そして、不登校の経験があるから今の自分があるのだと肯定的にとらえているからだろう。

 

こんなふうに

よい出会いの連鎖がつながっていくように願って、出会いの場をつくっている。

 

・・・・それにつけても、この忙しさよ。ナントカナランカ?・・・・・ナランナランランラン!

 

クロード・スタイナー博士

12日13日、交流分析協会の全国大会でした。

米国から来られた交流分析の創始者エリック・バーンに師事したクロード・スタイナー博士は、8?歳。

哲学者のような風貌で、ときどきジョークを交えながら話されました。

その中でとくに強調されたのは「CP(批判的な親の心)の排除」

CPは、親からの支配や強制によって取り入れた価値観や観念などだが、それらは大人になってからは自分の心の声になって、いつまでも自分を縛る。

「・・・・しなければならない」「・・・・すべきでない」など、私をNOT OKにする厳しい心の声でもある。

 

たとえば、いじめを見ていていじめられている子どもを「助けなくては」「助けるべきだ」。いじめを「やめさせるべきだ」というのは正義感から出ているので、一見CPのように思うが、

その思いはNP(養育的な親の心)のやさしさから出てきたものである。

だからCPの声をNPに変えていく努力が必要なのだ。

という話でした。

 

「怒る」と「叱る」のちがいを思い出しました。

「怒る」というのは自分の怒りの感情を相手にぶつけること。

「叱る」というのは、冷静になぜいけないのかを言って聴かせること。

叱る前に、NPでじゅうぶん心の交流があり、信頼があること。

 

単純に考えて、好きな人のいうことはきくけれど、

きらいな人の言うことはきかないですものね。

 

心の声としてのCPが排除されたら、心がオープンになるでしょうね。

 

 

 

 

深い青・・・パステルアート

以前にパステルアートに来てくださった方の作品です。

 

高1の女の子が、初めてお母さんと来て描いてくださいました。 

明るくやさしい色が多いパステルですが、            

驚くほど深みのある色を出してくれました。

 

お母さんは、「暗い・・・」と気にしていらっしゃいましたが、いえいえ、こんなにはっきりと描きたいイメージをもっていて、それを表現できるなんてすごいでしょ!

現象学、実存主義・・・ゲシュタルトセラピーの基盤になる考え方

10月22日23日ゲシュタルト療法学会。

S・F・クロッカー博士の講義を聴いて、なるほどと思うとともに、かけがえのない一人の人として向き合う理論に胸が熱くなりました。

メモより

人間およびすべてのものは、自然と通じている。「生きること」と「生む」ことをしている。

 

ゲシュタルト療法の創始者であるフリッツ・パールズは「人間は自然の賜物」と言ったが、これは道教の考え方と同じ。

人間およびすべてのものは「生きのびる」ことがすべてに優先している。そのために適応し、活動している。

すべての経験を統合して統合して、全体としてみる、全体としてつかむということをしている。

例えば、

暴力的な親に育てられている子どもが、物音をたてないように静かに遊ぶようになる。ことがある。

物音を立てたり、自分の言うことで、いつ暴力が始まるかわからない緊張関係のなかで生きているから。

ちゃんと愛されなかった子どもは、自分で自分の面倒をみるようになる。だれかに助けを求めることをしない。そうして大人になると、だれかが自分を助けようとしても、それが見えない。

「生きのびる」ためにやっていること(考え、感じ、呼吸、声の調子、声色など)が、自然な動きを妨げていることがある。そういうとき、自分の生き方に不満足だが、そのことに気づいていない。

 

ヘラクレイトス「同じ川に2度と入れない」

VERB=動詞として「生きる」ことを考えてみてほしい。要らないものを外に出し、必要なものを取り入れる、というくりかえしで、つねに新しくつくりかえていく、ことが「生きる」こと。

自分自身がどんなふうに生きているかをセラピストと一緒に体験する、体験から教えられるのがゲシュタルトワーク。

ゲシュタルトワークをすること、探求すること、そのプロセスそのものが変化を起こす。どんな変化を起こすかは自分が選ぶ。そして、健康に生きて行くということを取り戻す。 (さらに…)

子育ての原点に戻る

生まれたばかりの赤ちゃんをみていると、

穢れのないあの世から、この世界へよく来てくれたねエー、って声をかけたくなる。

 

寝顔をみているだけで飽きない。

手足を伸ばしたり、あくびをしたり、顔をしかめたり、

ただそれだけで面白くてかわいくて、じっと見つめてしまう。

 

それからたった数年しか経たないうちに、

数を数えたり、字を覚えたり、絵を描いたり、ちゃんと挨拶ができることを要求される。

もっと早く、もっと高く、ひとより上手に・・・

 

ただ生きてるだけで、そこにいるだけでよかったのに。

 

いつのまにか、期待して、失望して、喜んで、いらいらして、・・・・・・子育てに不安を感じている。

 

一緒に食卓を囲んで同じギャグを聴いて笑っている、それだけでじゅうぶんなんだよね、親子って。

 

もう成人した子とそんななんでもないくだらない日々を振り返って、たまらなくいとしくなる私です。

平凡無事であるために一生懸命生きてきたような気がします。波風多い人生を。

 

 

たのしかった「思春期講座」

10月11日宇治市で講演させていただいた「思春期講座」、

担当の方が広報に力を入れてくださっていて、28名の方がご参加くださいました。

子どもから風邪がうつって、前日まで微熱があり、講演中咳がとまらなかったらどうしようと思っていましたが、

話しているときは気が張っているのか、だいじょうぶでした。

 

持ち時間を2時間もいただくのは初めてなので、ワークをたくさん取り入れました。

最初は    「ワーク?・・・・するの?・・・」

って感じでしたけど、

やってみるとみなさんノリノリで、一度にうちとけて、笑いの起こる講座になりました。

親の肯定的な言葉かけを子どもの気持ちになって聴くワークでは、涙ぐんで聴いてくださるお母さんもいらっしゃって、

(ああ、ずっと一人でがんばって来られたのだなあ・・・)

と思いました。

 

自分の子どもたちが思春期を過ぎてしまったので、なんとなく過ぎたように思ってしまうけれど、

どの親も子育ては初めてなのだから、思春期の子どもを相手に

とまどったり、びっくりしたり、腹が立ったりするのですよね。

 

ちょっと先に思春期の子育てを経験して、普通より余計に苦労して悩んだ私の伝えることが、

今悩んでいたりしんどさを感じている親御さんたちの安心につながるのならうれしいことです。

 

来られた時はとても緊張していらっしゃった皆さんが、和やかに歓談して帰ってくださったので、

話をさせていただいてよかったと思いました。

 

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