福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

こころのそえぎ

子どもと家庭の相談室へようこそ

ごぶさたしています。<(_ _)>

母が亡くなってから、満中陰が過ぎ、はや初盆です。

介護とつづいて看護の日々が終わると、溜まっていた疲れがでてきて、

しばらくうだうだと過ごしておりました。

 

その間に、大津のいじめ報道が過熱したかと思うと、もうオリンピックに話題がすっかり移り、

その間隙を縫うように消費税増税法案が可決されました。

 

私にとって、気になることが電車の窓からみる風景のように、あれよあれよと言う間に、

流れ去っていくみたいです。

あきらめと悲しさがいつも底にあって、でもご縁をいただいた方に自分のできることをするしかないんですね。

 

 

母とかかわる時間がぽっかり空き、これが悲しみとか寂しいという気持ちなのかな?

というくらいよくわからない感情に襲われていたのですが、

家事、ボランティアの活動、仕事、母のマンションの整理・・・・

と、もうめまぐるしい毎日です。

 

子どもたちや夫と、おばあちゃんとの思い出話をしているときも、おもしろかったねーと笑い話になるので、

それこそがおばあちゃんの人徳かもしれません。

 

親が亡くなって残りの人生を数える年になったので、本当にやりたいことがなにか、よく見極めて生きていかなければな、と思っています。

 

 

コメント

さほさんのご家族のお話では いつも気持ちを和ませてもらいます。

日々それぞれにいろいろあるだろうけれど、
「これぞ家庭の基本」なんでしょうね。

そうは言ってもなかなか難しいですね(ハハハ・・・

さほさんのやりたいこと、なんでしょうか?
・・・興味津々(失礼

2012年8月13日 3:57 PM | さりー

「家庭の基本」なんて、さりーさん、そんな理想的な家族ではないんですよ。
入る穴を探したい・・・。(^_^;)

おばあちゃんのきょうだいは、つまり私の叔父、叔母はどの人もユーモアがあり、叔父ふたりは落語家みたいに人を引き付けるように
おもしろおかしい話をしていました。
私が子どもの頃は、そんな話し上手のおとなが、周囲にいたような気がします。

大人も子どもも時間がゆっくり流れて、余裕があったんでしょうね。

2012年8月14日 10:00 PM | kokoronosoegi

6月にサイトに訪問し、お母様の亡くなられた事を知り

書く言葉を失いました。

私の父は、もう20年も前に亡くなりましたが

大切な人との別れはとても心の整理は出来ません。

それと、大津の虐め報道(色々と複雑な思いで見ております)
残すは大学受験だけ、小、中校の義務教育は受けてない。
でも、高校は卒業。
振り返り、不登校で悩んだ日々は何だったのかと
疑問に感じています。

2012年8月19日 3:49 PM | 祇園祭

お母さまがなくなられてから、いろいろと忙しく初盆を迎えられて少しはほっとされましたでしょうか
気がはることが多く大変だったと思います。

本当に大津のいじめ事件には、とても心痛めましたしも食事の時なども結構話題にでていました。この間もテレビで女の子の陰湿ないじめということを取りざたされていましたが、娘もそれを実感しているので、本当に心痛めました。

が、このごろ一概にいえませんが、親と子の絆が結ばれていないことも確かで、親も迷い苦しんでいて子どもと毅然と接していない気もします。携帯などの普及で、直接子供にしゃべることもないですし、子供と家にいてもメールでやりとりという多いらしいです。
次女は今は彼女なりにがんばって大学への受験勉強をしていますが、
親も、子供に「べつに」「うるさい」といわれると、冷静に受け止めて二の句がつげなくなるということもあります。

ずいぶん、次女はいうことはしっかりしているので、今は子供の言葉になるほどと耳を傾けることもあります。
この間、夜に流星群を待ちながら、「私はお父さん、お母さんに大切にされていてありがたいと思う」としみじみと言われました。

彼女の変化の中で、食事のときに心がしんどかったときには、手をあわせて「いただきます」「ごちそうさま」がいえなかったのですが、今はきっちりと手をあわせ、心をこめていっているようです。
「人間食べることが基本だから、食べられる幸せって大事」というのです。心の成長をとても感謝します。

本当に大切な人との別れはなかなか心の整理ができません。今思うと十八年前に別れた母は、先進的なものの見方の母でしたので、迷った時に母はどう考えただろうと思います。

ゆっくりゆっくりと心の整理をされて、無理せずにお過ごしください。

この間、京都橘のオープンキャンパスにいったときに、前の事務所のところを偶然通りました。

2012年8月21日 9:20 AM | りこ

>
大切な人との別れはとても心の整理は出来ません。

<祇園祭りさんにとって、お父様がどんなにか大切な方だったか・・・伝わってきます。
若くして親を亡くされた方の思いは私が思うよりずっと強く、続いていくのでしょう。

私は、両親とも平均寿命を超えて生きてくれて、人が老いていき、どんなふうに死んでいくのか、
傍で見せてもらい、
それまでの生き方があらわれるのだということを教えてもらいました。

今の社会で「いのち」がどんどん軽くなっていく状況が、学校にも子どもの世界にも影響していってますね。
あの、3・11以後「生きること」「いのち」をもう一度見直す機会をいただいている気がします。

2012年8月21日 11:57 AM | kokoronosoegi

りこさん、いたわりのコメントをいただき有難うございます。
だいぶ落ち着いてきました。

自分は親に大切にされている。愛されている。と実感するくらい、子どもにとってしあわせなことはありませんね。
そんな幸せ感は、外からは見えませんけれど、
子育てで一番大事なことではないかと思います。

>「私はお父さん、お母さんに大切にされていてありがたいと思う」

お嬢さんからそんな言葉をきけるなんて、
苦労された甲斐がありますね。
なんだか私までうれしくなってます〜。

2012年8月21日 12:10 PM | kokoronosoegi

こんにちは
この間長女がかえってきて、本当に今の子はコミニュケーションが不足しているといっていました。親も子とコミニュケーションが不足していて親力が落ちていると、結婚もしない子どももいない24歳ですが、子どもが本当に危ないことをしていても注意できないとか、幼稚園の先生をしているのですが、女の子でもすぐ友達に手をあげるとか、きつい言葉で友達を威嚇するとか、男女平等といっても女の子らしさも必要とかいろいろといっていました。だから、園での子どものことはもちろん、親御さんのフォローも大変みたいです。娘が「お母さんは厳しすぎると思ったけど、厳しく育ててもらったから、私は常識が身についたと」今常識のない親御さんも多くて、大変なようです。
また、学習障害のお子さんも多いようです。
介助の先生を充分つけていただけなくて、35人の年少児を一人でみている娘はへとへと状態ですが、その中に5人の学習障害のお子さんがいて、いろいろと立ち止まることも多いようです。
「その子たちの長所を伸ばしてあげられるといいね」といってアドバイスしましたが、私の職場でも、みんな本好きのよい子たちです。

娘は先輩、園長先生、同僚、友人に囲まれてとても恵まれているようですが、少しずつ親に愚痴れるようになったようでうれしく思います。

どうして、学習障害といわれるお子さんが多くなったのか、昔からあったと思うのですが、本当にその子たちが生きやすくなるように、教育が変わっていってほしいと思います。

この間は、ケーキを作りながら長女、次女と私で、子育ての話をして、
本当にうれしい瞬間がありました。次女は心理学にも興味があるようですが、さみしい心をもった子供たちに寄り添える、幼稚園の先生になりたいようで、長女と同じような道を進むとは夢にもおもわなかったです。子どもたちの小さい時から、子育て支援のお手伝いをしていたので、少しは影響があったかと、うぬぼれています。

今の時代こそ、親子の絆を基盤にすることが大切だと思います。

2012年8月29日 3:38 PM | りこ

>介助の先生を充分つけていただけなくて、35人の年少児を一人でみている娘はへとへと状態ですが

<ちょっと想像するだけで、お嬢さんの大変さがわかりますねー。
子育てや教育、福祉の現場は、どこでも人員が足りないと嘆かれています。
学習障害のお子さんも人手があれば、ゆっくりていねい関わってもらえるでしょうにね。

二人のお嬢さんは、りこさんの後ろ姿を見てこられて、子どもとかかわる仕事をめざすようになられたのだと思います。
思春期を過ぎてから、親の精神的な営みを受け継ぐような仕事についたり、めざす子どもさんが、私の周囲では多いのです。
長女さんが職場の愚痴を言ってくれるってうれしいですね。
親子で共通の話題が増えて、お互いにまた学び合える機会にもなるのでしょうね。

2012年8月30日 6:22 AM | kokoronosoegi

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