福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

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こころのそえぎ日記(ブログ)

1月22日NHK朝イチで♪あんだんて♪が紹介されます。

長い長いご無沙汰でした。

3・11東日本大震災、東電の原発事故、母の看取り、といろんなことが続き、

ブログを書く元気が出てきませんでした。

でも、被災地では「それでも生きていかなくてはならない」人たちが一生懸命生きているんですよね。

 

去年は、あんだんての10年間の活動から見えてきたことをまとめて本を出版しました。

「不登校でも子は育つ ——母親たち10年の証明——」

不登校でも子は育つ ~母親たち10年の証明~

著者/訳者:親子支援ネットワーク あんだんて

出版社:学びリンク( 2013-10-10 )

定価:

Amazon価格:¥ 1,296

単行本 ( 168 ページ )

ISBN-10 : 4902776804

ISBN-13 : 9784902776805



今不登校になって悩んでいる親御さんに読んでいただきたいです。

クラスに学校に来れなくなった子どもを担任している先生にも、子どもがどんな状態かを理解する一助になればいいなと思っています。

以前から一般書店でもネットでも売れる本を出したかったんです。

あんだんてに来られない親御さんにどこかで手にしていただいて、私たちの経験や活動から得た子どもの育ちを読んでもらいたかったんです。

 

それとNHKの朝イチがどうつながるのか?(笑)

この本を読んでくださったディレクターの方が、あんだんてに興味を持たれて、番組で取り上げてくださることになりました。

世間では不登校に対して、「親の甘やかし」とか「怠け」ととらえられる人も多い中で、学校へ行けなくなった子どもたちがどんなに苦しんでいるか、知っていただく良い機会だと思い、出させていただくことになりました。

理解してくれる人が増えれば、親も子どもも落ち着いて心身を休められ、元気を取り戻すことができますから。

 

お時間があえば、ぜひ見てくださいねー。

 

(撮影前に化粧直しもばっちり!・・・・・しても変わらんけど(笑))

 

不登校の親子のかかわり「だんだん講座」

今学校に行けなくてしんどい子どもとのかかわりに悩んでいる親御さんのための

親子関係がだんだん(よくなる)講座です。ヽ(^o^)丿 

土曜講座  1回目・・・10月20日・ 2回目・・・11月3日

日曜講座  1回目・・・10月21日・ 2回目・・・10月28日

どちらも2名ずつ空きがあります。

心理学「交流分析」を基に親子関係を客観的にふりかえり、子どもへのかかわりを改善していくことを目指しています。

詳しくは、こちらまで 

 

お問い合わせ、お申し込みは親子支援ネットワーク♪あんだんて♪HP

「お問合せ」からメールを送ってください。

米の小学生の65%は、大学卒業時には今は存在していない職業に

米デューク大学のCathy Davidsonの研究によると「2011年度にアメリカに入学した小学生の65%は、大学卒業時には今は存在していない職に就くだろう」ということ。

子育てサービス事業「NPOフローレンス」の駒崎弘樹さんのブログに紹介されていました。http://komazaki.seesaa.net/article/291495676.html

確かにIT関連、介護サービス、などちょっと考えただけでも私が若いころにはなかった職業がずいぶん増えました。

昔は、そんなこと職業になるのか?と思えるような仕事が今はちゃんと事業になっています。

 

おっちゃん(夫)は、これからは第一次産業に従事する人が増えないといけない、と言ってます。

とくに戦後農業、林業など政策として抑えられてきた産業が昔に戻るのではなくて、ITの活用などと共に、新しい形で盛んになってくるといいなと思うのです。

 

それから、子育て、家事、介護など女性の無償労働で支えられていた仕事も多様なサービスを受けられるといいね。必要なときだけ少し手助けしてもらえるだけで、ぐんと生活しやすくなります。負担がだれかに偏ることで、いろんな軋轢や葛藤がうまれているのだから。子どもの虐待も減ると思います。

 

駒崎さんは、子育て事業の人らしく、子どもの教育について述べています。

>そうだとすると、僕たちはどのように子ども達を育てていけば良いのだろう、という疑問が湧く。「とりあえず良い大学に行けば正社員にはなれるだろうから、今は宿題頑張れ」というだけでは、正しい教育指針とは言えなそうだ。

 

切り口は違うけれど、私も不登校の子どもの成長をみていて、同じことを考えていたので、うれしくなりました。

 

何かの専門性を身につけて、それを常に学びつづけ向上させていく。

違う専門性をもったもの同士が、(時には国がちがうこともあるだろう)相互理解しながらひとつのプロジェクトに向かってつくり上げていく能力。

問題を見つけて(気づく力)、仮説を立て現実に試してみる、うまくいかなければ新たに仮説を立て解決していくというような試行錯誤する能力。

などがこれからグローバル化する時代にはますます必要になってくるとおっしゃっています。

また引用

【連続的学びとコラボレーションと試行錯誤を下支えする力】

連続的に学び続けるためには、「学ぶのは楽しい」「もっと知ろう」という心の傾き、すなわち「内発性」が必要になる。また、コラボレーションには、他者に可能性を認め、そこに言葉によって働きかける「他者への信頼感」が重要だ。そして問題発見・解決力のための試行錯誤には、何度間違えても、ブロックを組み直していけば正解に到達するのだ、という「自己肯定感」が必要となる。ならば、親達はこれらの力を子どもたちが身につけられることを、後押ししていけば良いのではないだろうか。

 

これって不登校の子どもとかかわるときのポイントそのものなんですよね。

既存の教育のレールから外れた子どもたちが新たに教育の場に出ていくには、「内発性」「他者への信頼感」「自己肯定感」が育っていないと出ていけないのです。

せっかくレールからはずれたんだから、「レールに戻すこと」ではなくて、新しい道を子どもが見つけられるよう、応援してほしいですね。

「甘やかしてる」なんて無責任な批判にめげないで、しっかり見守り育てていきましょうねー。

そして、親自身もともに学びつづけていきましょう。古い価値観で子どもを苦しめないように。

 

 

 

 

 

 

ごぶさたしています。<(_ _)>

母が亡くなってから、満中陰が過ぎ、はや初盆です。

介護とつづいて看護の日々が終わると、溜まっていた疲れがでてきて、

しばらくうだうだと過ごしておりました。

 

その間に、大津のいじめ報道が過熱したかと思うと、もうオリンピックに話題がすっかり移り、

その間隙を縫うように消費税増税法案が可決されました。

 

私にとって、気になることが電車の窓からみる風景のように、あれよあれよと言う間に、

流れ去っていくみたいです。

あきらめと悲しさがいつも底にあって、でもご縁をいただいた方に自分のできることをするしかないんですね。

 

 

母とかかわる時間がぽっかり空き、これが悲しみとか寂しいという気持ちなのかな?

というくらいよくわからない感情に襲われていたのですが、

家事、ボランティアの活動、仕事、母のマンションの整理・・・・

と、もうめまぐるしい毎日です。

 

子どもたちや夫と、おばあちゃんとの思い出話をしているときも、おもしろかったねーと笑い話になるので、

それこそがおばあちゃんの人徳かもしれません。

 

親が亡くなって残りの人生を数える年になったので、本当にやりたいことがなにか、よく見極めて生きていかなければな、と思っています。

 

 

6月1日深夜に母が永眠しました。

私と兄が両側から母の手をとり、見守るなかで息をひきとりました。

 

 

どんどん子どもに帰って行ってたけれど、私や私の家族、孫やひ孫の顔はわかっていたので、

なくなる前、会いたい人みんなに会えて、

「うれしい」「ありがとう」「結構なおもいさせてもらって」

とくりかえしていました。

みんなおばあちゃんが大好きなのがわかるのか

「来られる方みんな、おばあちゃんを見る目がやさしいですね」

とおっしゃった看護師さんもいました。

 

 

看護師さんたちにも

おむつ替えの度に

「お願いします。」「まあー手際のいいこと」

「ああ、気持ち良くなった」「有難うございます」

 

イケメンの若いドクターが巡回にみえると、

回らなくなった口で「先生、握手してほしい」(私が通訳しました。(笑))

 

食べられる間は、好きなものを口に運ぶと「あーおいしい、あんたも食べて」

 

食べるのが苦痛になり、水を欲しがるようになってからは、

水を飲ませてあげるたびに「あー、おいしー!」

孫が慣れない手つきで吸い飲みから水をあげると、

「うん、じょうず、じょうず」

(私は、誤嚥しないかとひやひやしてたんですが。)

 

 

何にもできなくなっても、人のお世話になるしかなくても、

なんでも感謝し、喜ぶ、ということが

こんなにも人にやさしい気持ちを起こさせるのですね。

 

亡くなった後、看護師さんが

「申し訳ないけど、私たちの方が癒されていました」と。

 

毎日アロマオイルでマッサージしてあげた手足は、象牙みたいにきれいでした。

その足で、「もう1回土の上を歩きたい」と私には言っていました。

 

「大変でしたね。お母さんもしあわせだったでしょう。」

といろんな方からねぎらいの言葉をかけていただきました。

でも、最期の時間を心おきなく傍についていられたのは、

周囲の理解と助けがあったから。

毎日ご飯をつくってくれた娘たち。

ときどき、付き添いを変わってくれた子どもたちや兄夫婦。

母の好きな山の草花を摘んできてくれた夫。

年度初めの業務を変わってやってくださった♪あんだんて♪スタッフ。

なにも思い残すことなく看病できました、ありがとう!

 

 

 

 

だれも邪魔な人はいない

今日は、不登校支援ボランティアのスタッフ会議。

遅い昼食をみんなで食べて(その間もずっとおしゃべりは途切れることなく・・笑)

そろそろ本題に入ろうかというとき、携帯電話が鳴りました。

おばあちゃんから。

ちょっと不安に駆られながら、「どうしたの?」と言っても、しばらく応答がありません。

待っていると、普段よりゆっくり呂律のまわらない口調で背中がいつもより苦しい。むかつきがひどい、と言います。

心配になって、会議を後のスタッフの人たちに頼んで、急いで家に帰りました。

 

 

帰るとベッドの上で、つらそうに体を折り曲げてがまんしてるおばあちゃんがいました。

どうしようもなく、訴えるのを聞きながら背中をさすったり、足をさすったりしているうちに少し落ち着いてきたようです。

 

私が会議をしないで帰ってきたことを知って、

「私はあんたの足を引っ張ってばかりで、邪魔してるなあ」とつぶやく母。

 

なんだか切なくなって

「人間はだれも邪魔な人なんてないよ。みんな絡み合って生きてるからね。」

というと、

「そんなふうに言うてくれたらええねんけど・・・」

 

おばあちゃんが弱るたびに、うちは家族の結束が強くなってるんだよ、おばあちゃん。

だれも邪魔な人なんてないよ。

 

 

しかし、日ごとに弱って行く母、疲れがたまっていく私。

「これは戦いなんや」

とは老人らしからぬおばあちゃんの宣戦布告。

立派に討ち死にしましょうぞ、戦友。

 

ご訪問ありがとうございます。

介護の時間が増えてきているのに加えて、新年度の行政の助成申請などで忙しいので、

なかなかブログ更新できないでいます。

でも、毎日訪れてくださる方がいて、とても有難く、

私って幸せ者だなーと思います。

 

 

母は、足のむくみがひどくほとんど毎晩足のマッサージをしています。

血液の循環が悪いのと、血が少なくなっているので、すぐに体も足も寒くなります。

食事もたくさんは食べられなくて、でも食欲はあり、「あんたのつくるもんが一番おいしいわ」と言って喜んでくれます。

ほめ上手の母にほだされて、つい料理をがんばってしまうので、忙しくて仕方ありません。(笑)

あとでどっと疲れが出てくるので、「このほめ上手にのせられてはいかんぞー」と自主規制しながら(笑)、なんとか毎日を過ごしています。

 

体調は一進一退で、調子をくずすと洗濯ものが山ほどふえるので、介護も楽じゃありません。

 

昨日は、初めて訪問看護に来てくださいました。

看護師さんがお腹や足をマッサージしてくださると、母はすごく気持ちいいと言って喜んでいました。

ヘルパーさんも看護師さんも、みなさんサービス精神旺盛なよい人ばかりで、

「こっちへ来てからずっと運がいい」と母は言います。

「この4年間が私の人生やった」と言います。

 

 

なんだか気の毒なような・・・。

それまでひどかったんだねー。おじいちゃんとの暮らしは、気持ちがやすまることがなかったそうで・・・。

 

でも、いつまでも長生きしてほしいとは、正直言えません。

私と母とどちらが先に倒れるか、

というところまで行かないうちにご機嫌よく逝ってもらえたら、と思います。

関西人のユーモアとドライさを母も持っていて、

私も離れているときは母との別れを思うと悲しくなるのだけれど、

母といるときは、どこかユーモアがあって面白いのです。

 

母「わたしの生命線こんなにはっきりして、長いねん。みてー。

いややわー、長生きしそうで〜」

私「はは・・・、おばあちゃん、もう長生きしてるやん」

母「ほんまや、私、もう90やもんなー。こんなになるまで生きられると思わなかったわー」

てな調子。(^_^;)

 

 

 

飛行機雲

昨夕、母の買い物を買いに行った帰り、夕焼け空にひこうき雲が何筋も延びているのに気づいた。

すでに太く散っていく雲の筋の一番端に、

今ちょうど空港に向かっている機が吐いている筋がくっきり。

機影は全然見えないでいて、光の点から輝く糸が吐きだされている様に見とれていた。

 

子どもの頃は、よく空を見上げていた。

こんな光景をみるとわけもなく心が踊って、興奮していた。

 

海岸沿いを走る遠足のバスの窓から水平線を見ただけで、感動していつまでも見飽きなかった。

 

 

近所の田んぼの向こうに沈む夕陽がとてつもなく大きく真っ赤に熟れていた光景が忘れられない。

 

 

はじけるようにわくわくしたりどきどきしたりときめいたり、

子どもの頃は喜びや悲しみも抑えようもなくこみあげるようなものだった。

 

子どもの頃の感性は、もうなくなったなあと気づいてからもう何年経つのか?

今は、しみじみ、じんわり、まったり、感じることが多くなった。

ちょっとさびしくて、ちょっとここちよい感じ。

 

 

 

 

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