福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

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一休さんの育て方

米の小学生の65%は、大学卒業時には今は存在していない職業に

米デューク大学のCathy Davidsonの研究によると「2011年度にアメリカに入学した小学生の65%は、大学卒業時には今は存在していない職に就くだろう」ということ。

子育てサービス事業「NPOフローレンス」の駒崎弘樹さんのブログに紹介されていました。http://komazaki.seesaa.net/article/291495676.html

確かにIT関連、介護サービス、などちょっと考えただけでも私が若いころにはなかった職業がずいぶん増えました。

昔は、そんなこと職業になるのか?と思えるような仕事が今はちゃんと事業になっています。

 

おっちゃん(夫)は、これからは第一次産業に従事する人が増えないといけない、と言ってます。

とくに戦後農業、林業など政策として抑えられてきた産業が昔に戻るのではなくて、ITの活用などと共に、新しい形で盛んになってくるといいなと思うのです。

 

それから、子育て、家事、介護など女性の無償労働で支えられていた仕事も多様なサービスを受けられるといいね。必要なときだけ少し手助けしてもらえるだけで、ぐんと生活しやすくなります。負担がだれかに偏ることで、いろんな軋轢や葛藤がうまれているのだから。子どもの虐待も減ると思います。

 

駒崎さんは、子育て事業の人らしく、子どもの教育について述べています。

>そうだとすると、僕たちはどのように子ども達を育てていけば良いのだろう、という疑問が湧く。「とりあえず良い大学に行けば正社員にはなれるだろうから、今は宿題頑張れ」というだけでは、正しい教育指針とは言えなそうだ。

 

切り口は違うけれど、私も不登校の子どもの成長をみていて、同じことを考えていたので、うれしくなりました。

 

何かの専門性を身につけて、それを常に学びつづけ向上させていく。

違う専門性をもったもの同士が、(時には国がちがうこともあるだろう)相互理解しながらひとつのプロジェクトに向かってつくり上げていく能力。

問題を見つけて(気づく力)、仮説を立て現実に試してみる、うまくいかなければ新たに仮説を立て解決していくというような試行錯誤する能力。

などがこれからグローバル化する時代にはますます必要になってくるとおっしゃっています。

また引用

【連続的学びとコラボレーションと試行錯誤を下支えする力】

連続的に学び続けるためには、「学ぶのは楽しい」「もっと知ろう」という心の傾き、すなわち「内発性」が必要になる。また、コラボレーションには、他者に可能性を認め、そこに言葉によって働きかける「他者への信頼感」が重要だ。そして問題発見・解決力のための試行錯誤には、何度間違えても、ブロックを組み直していけば正解に到達するのだ、という「自己肯定感」が必要となる。ならば、親達はこれらの力を子どもたちが身につけられることを、後押ししていけば良いのではないだろうか。

 

これって不登校の子どもとかかわるときのポイントそのものなんですよね。

既存の教育のレールから外れた子どもたちが新たに教育の場に出ていくには、「内発性」「他者への信頼感」「自己肯定感」が育っていないと出ていけないのです。

せっかくレールからはずれたんだから、「レールに戻すこと」ではなくて、新しい道を子どもが見つけられるよう、応援してほしいですね。

「甘やかしてる」なんて無責任な批判にめげないで、しっかり見守り育てていきましょうねー。

そして、親自身もともに学びつづけていきましょう。古い価値観で子どもを苦しめないように。

 

 

 

 

 

 

10月11日「思春期講座 ー子どもの自立と親のかかわり」で講演します

「思春期の子どもの気になるサインと親の関わり方
      〜子どもの危機は親子の絆を深めるとき〜」

10月11日午後1:30〜   宇治市生涯学習センターで講演します。

不登校の子どもが、学校へ行けない状態から元気を回復して成長していくときに、

回復過程そのものが、自立の過程になっています。つまり思春期の「親離れ子離れ」の道をたどっていきます。

学校生活を柱にして育っていく子どももいれば、自分の人生のなかで学校を活用していく子どももいます。

親の意識が学校を主軸にしていると、子ども主体の本来の子育てができにくいと感じています。

子どもの人生の主役は子ども自身です。

不登校を語ることで、思春期の子育てをがんばっていらっしゃる親御さんたちに客観的に子どもとのかかわりを振り返る機会になればと思っています。

そして、親子で親密なかかわりを持てるようになっていただけるようお話していこうと思ってます。

お申し込みはもう定員に達しているとか。有難うございます。<(_ _)>♪♪

 

思春期講座に招かれて

A市の「生涯学習センター」の「思春期講座」が秋のシリーズで企画されていて、

その中の「思春期の子どもと親のかかわり」について講師の依頼がありました。

ご担当者はどこで♪あんだんて♪を知ってくださったのかな?と思っていたら、何年か前に子どもさんのことで御相談に見えた方でした。^^

その時に聞いた話をずっと覚えていてくださって、「支えになりました」。

私の方は、なにを言ったのか覚えていなくて、恐縮したのですが、なんともうれしい御縁ですね。

 

そのときご相談いただいた子どもさんは、今大学4年。当時は悩まれたでしょうけれど、

子どもは、自分なりにちゃんと道をみつけていくものですね。

どないだす?・・・・ぼちぼちでんなー。

今日は「不登校コミュニケーション講座」最終回「わたしもOK,あなたもOK」

いつも感じることだけど、最初の講座に来られた時とでは、最終回はあきらかに顔がちがいます。^^

学校へ行かない子どものことで、ぴりぴり神経をすり減らして悩んでいた親御さんが、おだやかに落ち着いて来られます。

子どもの状態や気持ちが客観的に見えるようになり、自分のことも分かるようになると、どんな関わり方をしているのかに気づいていくのです。

気づいて、すぐにどうしたらよいかわからなくても、子どもに変化が出てくるようです。(学校に行けるようになる、というような変化ではなく、親子の会話がスムーズになったり、外に出ていくようになったり、・・・)

もっと早くこんな講座に出会いたかった、とおっしゃってくださると、こちらもお役立ち感がいっぱいあってうれしいです。

 

なにわの商売人ではないけれど、

「近頃どないだす〜?」

「まあ、ぼちぼちでんなあー・・・」

みたいな気分になれると、子どもさんの回復ははやいな、と見ています。  !(^^)!

 

 

 

引っ越しと不登校・・・ある場合

3人兄弟で末っ子が中学入学を機に、引っ越し。

兄姉の県では、中3の内申が高校にいく。

末の妹の県では、中学3年間の内申がいく。

進学熱が高い地域とそうでない地域とでは、学校の成績のレベルがちがう。

兄姉の時には5の評価がとれても、引っ越しした先の中学のレベルが高くて、いくらがんばっても3以上とれない、ということがある。でも、そういう事情のちがいは親やきょうだい、本人にも客観的にとらえにくいので、「お兄ちゃんの時は・・・」となってしまいがち。

地域で進学塾に行く子どもが多いところで、たとえば部活に熱心で塾に行かず、ひとりで勉強していると、中2、中3と進むにつれ、勉強が難しくなっていき、ついていけなくなる。

いったん体調を崩すと、休むと勉強の遅れがでるし、ゆっくり休めない。休んでいても、あせりと不安で本当には休めていない。だんだんさみだれ登校になっていく。

今の教育環境を「高速道路」と高垣忠一郎さんがおっしゃっていたが、流れからはずれるにもぼろぼろに傷ついてから、やっと外れて長く休むと、元のはやい流れにもどるのは難しい。 (さらに…)

小さな哲学者

昨日、長年フリースクール、サポート校、個人塾を合わせたような学びの場を作っていらっしゃるK先生が久しぶりに訪問してくださった。

K先生が初めて不登校の子どもと出会ったのは、7,8年前だろうか。

その子がどんどん学力を自ら伸ばしていくのを目の当たりにして、不登校の子どもを受け入れ、先生の言によれば、「成長をお手伝いする」醍醐味を知って打ち込んで来られたそうだ。

学校へ行かなくなり、家でひとりでいるあいだに、ずいぶん「考えていた」という経験者は多い。

なにを考えているのか、ということよりも自分の頭で粘り強く、根気強く、考えつづけていた、という行為はすごいと思う。

以前、広木克行先生が講演のなかで「不登校の子どもたちは、小さな哲学者である」とおっしゃっていた。

目の前にだされた問題に期待される正しい答えをいかに早く見つけて答えるか、というのが今の学校的な勉強なのだけれど、「哲学」は、自分自身で問いを立てなくてはならない。「私という人間はどんな人なのか?」「私はなんのために生まれてきたのか?」「人はなんのために生きるのか?」「家族って、親子ってなんだろう?」・・・・・・

 

とりとめもなく、とめどもなく、一人で考え続けている姿は、深い悩みの谷間にいるようにも見える。

安心して悩める場と時間があれば、思索は深まっていく。

周囲に責めたり、焦ったり、不安な眼があると、安心して自分の内面に目を向けられない。

(だから、親は自分の焦りと不安で子どもを追いたてず、家の中でゆっくり考えられる環境にしてあげてくださいね。 学校の先生も、家にいるのがいけないことと思わないで、家で自分を見つめているのだと理解してあげてください。家庭訪問のときには、本人が話やすい話題や雰囲気で聴いてあげてほしいのです。まとまって話せなくても、言葉の端々にいろんな想いがあり、感じているとわかると思います。)

K先生がはじめて出会った件の少年は、定時制高校から大学へ進み、今年大学の卒業論文を見せてくれたそうだ。

私も題名だけ拝見しただけで、その若者の問いのたて方=テーマに感心してしまった。外からは、何年もひきこもって動かなくなっているように見えていたと思うが、そのあいだに何度も何度も自分に問いかけ、丹念に思索を積みあげてきたのだと思う。

ネットで検索すれば、ほしい情報がすぐに入手できる時代だけれど、自分自身の問いやテーマがなければ、かえって混乱してしまったり、活かすことができなかったりする。

もうすぐその卒論が送られてくるので、楽しみに待っている。

そして、今しんどい子どもたちの内面に、みんながそのような可能性をもっていて、いつか外からみえる形になって現れる、ということも何度か経験している。

いい学校やいい就職ができる、という形ではないのだけれど、もっと大切に思えることが立ち現われてくるのに、感動する。

うれしいこと言ってくれる〜(*^_^*)2

不登校支援を続けてこれたのは、夫や子どもたちの理解と協力があったればこそ。

ことさらに何かを言ってきたわけではないのだけど、家事を手伝ってくれたり活動にかかわってくれることもある。

 

「いつもバタバタしていてみんなに落ち着かない思いをさせて申し訳ないね」

なんて上の娘に言ったら、

「でも、お母さんみたいな人今の世の中には必要だと思うよ」

 

「あんがと」

 

こんなおいしいこといっぱいあって、やっぱりボランティアやめられまへん!(*^^)v

 

 

 

うれしいこと言ってくれる〜(*^_^*)

引っ越しの後やっと事務所も片付いたところで、

待ってましたとばかり、おばあちゃんの歯医者、息子のアトピー治療・・・と家族の世話とり。

今朝、息子と二人ホームで電車を待っていたら、何を思ったか

「おれの経験が今不登校の子に役立つのなら、話してもいいよ」とぽつんとつぶやいたのでした。

「いやあ、うれしいなあ、また機会があったら頼むねー。」

思いがけない言葉にしばしとまどいつつ、感激に浸っておりました。

 

帰りの電車のなかで、ご婦人が「○○ホテルに行きたいんですけど、この電車××駅に止まりますか?」と心配そうに聞かれました。

○○ホテルは私の地元のホテル。説明すると安心してお礼を言われました。

息子がまたぼそっと、「人の役にたつっていいもんだね」。

ヽ(^o^)丿

素直に大きくなってくれて感謝、感謝、ですわー。(*^^)♪

 

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