福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

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一休さんの育て方

いじめで行けなくなったとき

2006年にいじめによる自殺が相次いだころは、マスコミも大きくとりあげていました。新聞では大臣のコメントや識者のいじめられている側、いじめている側へのよびかけなど、連載されていました。現実に教室のなかで起きている子どもたちの人間関係を知らないと、子どもの心にとどくとは思えません。(私もいじめで学校に行けなくなった子どもの親御さんたちに聞いた話から想像をたくましくするしかないのですけど)

今もときどきそれらしい記事をみますが、いじめがそれほど減ったとも思えないのですが、あまり話題になっていませんね。

昭和30年代、40年代に小学校、中学校を過ごした世代と、今の学校生活で起きているいじめは、全然ちがうのです。

もし、いじめられている子どもにとって、教室が地雷原のようなところだとしたら。

毎日、地雷を踏まないようにしているだけで、疲れきっているでしょうね。いくら気をつけていても、地雷を踏んだら後に残るほど大きな傷を負います。

いじめは、理由があって起こるのではありません。学校でも家庭でも過剰なストレスのかかっている子どもがどこかに発散しなくてはいられないのでだれかをいじめるのです。

いじめられているときの子ども本人は、いじめられていることをなかなか親には話さないのです。話して学校に相談に行かれると、あとの報復がこわいし、いじめられている自分を認めるのはプライドが許さないからです。

親が学校に相談に行っても、学校の先生方には対応できる時間の余裕がありません。いじめはほとんが授業以外の時間に起きています。休みの時間も忙しい先生がしゅっちゅう教室を見にいくことはできないでしょう。

荒れている学校では、いじめはあって当たり前、という感覚でないと先生方はやっていけないようです。わが子がいじめられて、相談に行かれた親御さんの話からは、そういう姿勢が伝わってきます。

いろんな話を見聞きしての結論ですが、いじめで学校が行きづらくなったら、早めに休ませてあげたほうがいいと思います。あまりに無理させると、あとに精神的な症状が出てなかなか回復しないことが多いのです。行き渋るようになるまでには、かなり傷を負っています。それ以上傷を深くしないようにしてください。

友達との単なるトラブルだったら、ちょっと休めば、子どもが自分から学校へ行き出します。

家の事情で、家でゆっくり休めないのであれば、保健室や別室でできるだけ子どもが安心していられる環境においてあげてほしいです。でも、本当は家で安心して休めるほうがいいのです。

学校は、卒業してしまうとその後の本人の苦しみは見えませんから、どれだけ深刻な傷を残しているか先生方は知りようがありません。

親は一生のかかわりですから、過保護・甘やかしといわれるかもしれませんが、しっかり子どもさんを守ってあげてください。地雷原に入らなくてもいいと言ってあげてください。

同年代の同級生のいる教室で、いじめを経験すると、学校外でも同年代の人に対して恐怖心があったり、他の学校に行っても「教室」が怖かったりします。

恐怖心や不安が軽くなるまで時間がかかります。人で傷つくのですが、癒されるのも人とのかかわりからなんですね。

 

親ごころは下ごころ

昨日は、ふとこみゅ「不登校の親子のためのコミュニケーション講座」秋のシリーズ第1回目。

新しいメンバー5人で始まりました。

交流分析のエゴグラムを元に、子どもがいちばんしんどい時の状態。そのときのお母さんの状態。など客観的に見えるといろんな気づきがあります。

かなりハードに書くワークがつづくんですけど、やはり子どものことで悩んでいるお母さんは、真剣さがちがいますね。

 

どうしたら子どものしんどさが少しでも楽になるのか、どう声をかけてあげたらいいのか、子どもが話しかけてきたときどんな返事をすれば、子どもは満足なのか、・・・・なんとかしてあげたい、という親ごころが痛いほどわかります。そして、その裏にある「学校へいってほしい」という切実な願いも。

ある子どもさんが言っていたそうです。「親ごころは下ごころ」って。(笑)

親が子どもへの対応に苦慮するのは、結局学校へ行ってほしいからなんですね。その「下ごころ」が親の言動に見え隠れするんでしょうね。「下ごころ」が見えるのも、子どもはやっぱり親の期待にほんとうは応えたいけれど、応えられないという後ろめたさがあるからなんでしょう。そう思うと親も子もいじらしいですよね。

頭では登校刺激はいけない、学校がすべてではない、とわかったつもりでいても、気持ちはなかなか変わりません。私の経験でいうと、何年か家を中心に過ごしているうちに、子どもが自分の興味、関心からいろんな知識をもっていたり、絵がうまくなったり、外に出て活動するようになったころから、つまりその子どもなりの成長を実感できるようになって、「学校へ行ってほしい」気持ちが減少しました。

学校では、学業にしろ部活にしろ成績という目にみえるスケールがあって、子どもの成長がわかりますが、それがないと成長してないように思ってしまうのです。逆に、成績だけが子どもの成長を感じるものになっていては、子どもにとってさびしいことだと思います。生きている「自分」を見てもらえてない感じがすると思うのです。

「あなたはどう感じるの?」「そんなふうに考えてるの。」「あなたはどうしたいの?」と向き合ってもらえてない子どもが増えているように思います。先生も親も忙しい時代になってしまったからでしょうか? 

 

世界一しあわせなお母さん

うちの子たちは3人とも、子どものころ学校へ行ってない時期がありました。ちなみに、上から26歳、大学4年、高校3年、です。

 

人様に自慢できるようなことはなんにもないんですが、ひとり一人、ちがっていて、上は奄美三味線、真ん中は絵、末っ子はPCで作曲、と好きなことがはっきりしていて、毎日見ていてオモロイナー、と思うのです。(親バカです。はい)

ぶちぶち文句いってることもあるけど、きょうだい仲良しで、3人でご飯食べに出かけたり、買い物に行ったり、なぞなぞの出し合いっこしたり、百面相を競ったり、ダジャレの応酬したり、・・・飽きることがありませんわー。

 

私が疲れた顔((+_+))してると、そっと来て肩揉んでくれたり、笑わせてくれたりします。

今まで気がつかなかったけど、ひょっとしたら私って世界一しあわせなお母さんかも〜(^O^)/

 

うちのおばあちゃんも学校がしんどかった

うちのおばあちゃん(私の母)は、繊細なところがあり、一人で本を読んだり、手先が器用なので縫物や編み物が好き。絵を描いたり、植物を育てたり、料理をしたり。ひとりで自由に時間が使える今が、とてもうれしくて、毎日忙しいと言ってます。(もっとも、若いころは洋裁店をして家計を支えたり、父の仕事を手伝ったりしていつも忙しそうでした。)

そんな人だから、子どもの頃は学校がしんどかったようです。

食べ物も肉は全然食べられなくて、野菜が好きだから、スタミナがない。と本人いわく。だから、学校でみんなと同じようにしていたら、立っていられないくらいしんどくなって、よく貧血で具合悪くなっていたそうです。

昔の学校だから、まだ世の中全体が時間のながれがゆっくりしていたころだから、ついていけたけど、今だったら不登校になっていたかもしれないですね。

そのせいか、うちの子が学校に行けなくなったときも、最初のころこそ「親が甘いから」なんて言ってたけど、そのうち孫に同情的になって理解を示してくれたんです。当時住んでいない家があって、そこに子どもといっしょに時々寝泊まりしてくれたりしてました。

3人目が不登校になったときは、上の娘たちがふたたび自分の路をみつけて学校へ行き出していたので、「無理させたらかわいそう」と言って、これも一緒に泊まってくれたりしました。

 

「うらを見せ 表を見せて 散るもみじ」なんて孫に教えて、

「おばあちゃんもいつまで生きられるか分からないから、学校へ行けなくなったけど、一緒にいられてうれしいなー」って言ってたらしいです。

その子も今は高校3年生。やりたいことを見つけています。

子どもたちが不登校になったことで、うちは家族が仲いいように思います。

一緒に不登校支援活動をしているスタッフ仲間も、みんな夫婦、親子、きょうだいがほんわかして仲いい雰囲気が伝わってきます。もちろん、愚痴もこぼしながら・・・ですけど。(*^_^*)

 

不登校を問題視する心

不登校、つまり学校へ行かないこと、行けないことを問題視する背景には、

子どもの側に立って、子どもがしあわせに生きていくための教育、という視点が欠けているように思うのです。

それは、とりもなおさず、大人たち自身が自分や家族のしあわせのために働いているのだろうか、という問題につながります。

 

学校に行けなくなるには、それ相当の理由があり、それは複雑に重なっていて子ども本人にもわからないことが多いのです。

その事情を飛び越して、とにかく一歩でも学校に足を踏み入れたら出席にするというのは、不登校の数を減らしたい大人の事情であり、しんどい子どもにとってはしんどい状態が長引くだけで、根本的な解決になりません。

自分をとりまく環境に大きな矛盾を感じて、しかしそれを表現する言葉も手段ももたないとき、人は大きなストレスを感じるでしょう。

その状態が長くつづくと精神的にまいってしまっても不思議ではありません。

「学校」にはすべての人が行っていて、またはかつて行っていたことがあるので、「学校」というと、自分が行っていた学校、あるいは自分の子どもが行っている学校など、経験の範囲でイメージをもっています。けれど、ある子どもが経験している「学校」が、その人のイメージの中の「学校」と同じかというと、そうではありません。

学校へ行けなくなる時、一人ひとりの状況や事情がちがうのですが、それらをひっくるめて「不登校」というカテゴリーにいれて論議するのは当事者にとっては、無理やり土俵にあげられた感じがします。

また、「不登校」といっても生活の仕方は人それぞれで、時間をじゅうぶんに使って何かをしたり、考えたりすることのメリットも大いにあります。

(米国のフリースクールで、そういう教育方針の学校もあり、卒業生がみんなその学校で過ごしたことを喜んでいるという話を本で読んだことがあります。ただし、十分に民主的で5歳の子どももみんなで決めたルールは守らなくてはなりませんから、権利も一人前なら義務と責任も一人前に課せられます。なかなか厳しい面もあるのですが。)

 

 

第2回「不登校の親子のためのコミュニケーション講座」(ふとこみゅ)を終えて第1回目以降の家族の変化

前回「エゴグラム」をしました。あるお母さんは家族に教えたところ、興味を持ってくださって、

家族みんなで自分のエゴグラムをつくったそうです。「家族みんなで同じ話題で盛り上がることがしばらくなかったので、

それがとてもうれしかった」とおっしゃっていました。

不登校の子どもさんが、エゴグラムの分析をちゃんと理解され、客観的に自分をみつめておられるのに感心しました。 (さらに…)

教育実習その後

3週間の教育実習も、明日で終わり。まあー、よく倒れないでここまでがんばったもんです。

朝7時に家を出て、帰りはいつも夜10時半すぎてました。

娘は理科担当なので、実験をしてたらしいのですが、準備や授業計画書の作成に時間がかかってるみたいです。(未熟な卵に危険と隣り合わせの実験を任せてくださった太っ腹な先生と、ほとんど年のちがわない実習生のいうことを聴いてくださった生徒さんに両手を合わせて感謝!!です。)

あんまり要領よくないので、いつも他の実習生より最後まで居残ってたみたい。

でも、たいへんと言いながら、なんだか楽しそうで、張り切っているんですよね。

あんなに毎日しんどくてつらそうにしてた中学生の頃がうそのよう。

「道を歩いていても人の顔見たら挨拶しそうになる。」っていうくらいだから、

学校では、生徒さん達に率先して挨拶してるんだろうな。あのはにかみやが?!う、うそみたいー\(◎o◎)/!

 

教育実習

下の娘は、今教育実習の真っ最中。

彼女の「母校」に毎日出勤しています。

「母校」といっても、ほとんど行ってなかった学校なんです。

当時は窓から机が降ってくるぐらいものすごく荒れてたらしいんですが、(行ってなかったので、見聞するところによると)今は、落ち着いているそうです。

毎日楽しそうに生徒の様子を話してくれます。 (さらに…)

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