福本早穂の教育心理カウンセリングオフィス、子どもと家庭の相談室こころのそえぎ 京都市山科

こころのそえぎ

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やった、思った、感じたこと

クロード・スタイナー博士

12日13日、交流分析協会の全国大会でした。

米国から来られた交流分析の創始者エリック・バーンに師事したクロード・スタイナー博士は、8?歳。

哲学者のような風貌で、ときどきジョークを交えながら話されました。

その中でとくに強調されたのは「CP(批判的な親の心)の排除」

CPは、親からの支配や強制によって取り入れた価値観や観念などだが、それらは大人になってからは自分の心の声になって、いつまでも自分を縛る。

「・・・・しなければならない」「・・・・すべきでない」など、私をNOT OKにする厳しい心の声でもある。

 

たとえば、いじめを見ていていじめられている子どもを「助けなくては」「助けるべきだ」。いじめを「やめさせるべきだ」というのは正義感から出ているので、一見CPのように思うが、

その思いはNP(養育的な親の心)のやさしさから出てきたものである。

だからCPの声をNPに変えていく努力が必要なのだ。

という話でした。

 

「怒る」と「叱る」のちがいを思い出しました。

「怒る」というのは自分の怒りの感情を相手にぶつけること。

「叱る」というのは、冷静になぜいけないのかを言って聴かせること。

叱る前に、NPでじゅうぶん心の交流があり、信頼があること。

 

単純に考えて、好きな人のいうことはきくけれど、

きらいな人の言うことはきかないですものね。

 

心の声としてのCPが排除されたら、心がオープンになるでしょうね。

 

 

 

 

深い青・・・パステルアート

以前にパステルアートに来てくださった方の作品です。

 

高1の女の子が、初めてお母さんと来て描いてくださいました。 

明るくやさしい色が多いパステルですが、            

驚くほど深みのある色を出してくれました。

 

お母さんは、「暗い・・・」と気にしていらっしゃいましたが、いえいえ、こんなにはっきりと描きたいイメージをもっていて、それを表現できるなんてすごいでしょ!

現象学、実存主義・・・ゲシュタルトセラピーの基盤になる考え方

10月22日23日ゲシュタルト療法学会。

S・F・クロッカー博士の講義を聴いて、なるほどと思うとともに、かけがえのない一人の人として向き合う理論に胸が熱くなりました。

メモより

人間およびすべてのものは、自然と通じている。「生きること」と「生む」ことをしている。

 

ゲシュタルト療法の創始者であるフリッツ・パールズは「人間は自然の賜物」と言ったが、これは道教の考え方と同じ。

人間およびすべてのものは「生きのびる」ことがすべてに優先している。そのために適応し、活動している。

すべての経験を統合して統合して、全体としてみる、全体としてつかむということをしている。

例えば、

暴力的な親に育てられている子どもが、物音をたてないように静かに遊ぶようになる。ことがある。

物音を立てたり、自分の言うことで、いつ暴力が始まるかわからない緊張関係のなかで生きているから。

ちゃんと愛されなかった子どもは、自分で自分の面倒をみるようになる。だれかに助けを求めることをしない。そうして大人になると、だれかが自分を助けようとしても、それが見えない。

「生きのびる」ためにやっていること(考え、感じ、呼吸、声の調子、声色など)が、自然な動きを妨げていることがある。そういうとき、自分の生き方に不満足だが、そのことに気づいていない。

 

ヘラクレイトス「同じ川に2度と入れない」

VERB=動詞として「生きる」ことを考えてみてほしい。要らないものを外に出し、必要なものを取り入れる、というくりかえしで、つねに新しくつくりかえていく、ことが「生きる」こと。

自分自身がどんなふうに生きているかをセラピストと一緒に体験する、体験から教えられるのがゲシュタルトワーク。

ゲシュタルトワークをすること、探求すること、そのプロセスそのものが変化を起こす。どんな変化を起こすかは自分が選ぶ。そして、健康に生きて行くということを取り戻す。 (さらに…)

たのしかった「思春期講座」

10月11日宇治市で講演させていただいた「思春期講座」、

担当の方が広報に力を入れてくださっていて、28名の方がご参加くださいました。

子どもから風邪がうつって、前日まで微熱があり、講演中咳がとまらなかったらどうしようと思っていましたが、

話しているときは気が張っているのか、だいじょうぶでした。

 

持ち時間を2時間もいただくのは初めてなので、ワークをたくさん取り入れました。

最初は    「ワーク?・・・・するの?・・・」

って感じでしたけど、

やってみるとみなさんノリノリで、一度にうちとけて、笑いの起こる講座になりました。

親の肯定的な言葉かけを子どもの気持ちになって聴くワークでは、涙ぐんで聴いてくださるお母さんもいらっしゃって、

(ああ、ずっと一人でがんばって来られたのだなあ・・・)

と思いました。

 

自分の子どもたちが思春期を過ぎてしまったので、なんとなく過ぎたように思ってしまうけれど、

どの親も子育ては初めてなのだから、思春期の子どもを相手に

とまどったり、びっくりしたり、腹が立ったりするのですよね。

 

ちょっと先に思春期の子育てを経験して、普通より余計に苦労して悩んだ私の伝えることが、

今悩んでいたりしんどさを感じている親御さんたちの安心につながるのならうれしいことです。

 

来られた時はとても緊張していらっしゃった皆さんが、和やかに歓談して帰ってくださったので、

話をさせていただいてよかったと思いました。

 

凛として美しい日本語

10月1日に友人から案内された「市民100人ミュージカル・ドクターサーブ」を見に行きました。

幼児から高齢者まで117人が全力を出し切って歌い踊る舞台に圧倒されました。

「ドクターサーブ」というのは、アメリカの空爆に苦しむアフガニスタンで、現地の人々と一緒に井戸を掘り、用水路を拓いた医師、中村哲さんの現地の呼び名だそうです。

代表を務めているペシャワール会の会報誌に中村医師が現地報告を書いていらっしゃるのを読んで、久しぶりに格調高い文に出会って感動しました。

ネットのブログに引用していいものかどうか分かりませんが、だれでも読める会報誌なので、また広めたいメッセージなので赦してください。

 

「吾々は何を後世に残そうとするのか。

どんな生物でも、子孫の生存に力を尽くして死ぬ。

自らの安逸のためだけに、それも架空の富や権勢や名利のために、

人が欺きあい、殺戮し合うのは、もう沢山だ。

わずかな安楽のおこぼれに浴するために、時世におもねることはない。

それが虚無感と自傷他害に至る自滅の元である。

吾々の良心的協力が、立場を超え、国境を越えて躍動しているのは、

自然の理に適っているからだ。

己が何のために生きているのかと問うことは徒労である。

人は人のために働いて支え合い、人のために死ぬ。

そこに生じる喜怒哀楽に翻弄されながらも、結局それ以上でもそれ以下でもない。

だが自然の理に根ざしているなら、人は空理を離れ、無限の豊かな世界を見出すことができる。

そこで裏切られることはない。」

 

殴らなかったそのこぶしがかっこいい

昨日は、子ども虐待をテーマに家族カウンセリング協会の研修。

 

子ども虐待は、特別な親や家庭で起こるのではなく、どこにでも起こる可能性があるという視点からの臨床経験豊富な講義で、たいへん勉強になった。

虐待はどこの家族にも起こりうると考えると、「他人事」にできない。

特別な家族の特異な現象ととらえると、当事者の思考、感情、感覚を理解できなくなる。

これは、対人援助の基本的な姿勢にかかわる視点だと思う。

 

虐待を受けてきた子どもは、クラスの中で暴力的だったり、パニックを起こしたり、教師を試すような行動を起こすことが多い。

ゆがんだ環境や人間関係のなかでなんとか生き延びてきた子どもたちが、自分を守るために無意識にしてきた思考回路や行動様式を変えて、標準的な関係をもつことが、非常に困難だということは理解できる。

虐待を受けている子どもの多い学校では、先生たちが対応に苦慮しながらも、虐待について学びながら日々子どもたちと向き合っていらっしゃるそうだ。

 

そんな子どもの一人が、いつものようにキレてクラスメートを殴ろうとしたが、その日初めて、逆にクラスの数人に取り囲まれて反撃にあいそうになり、担任のところへ逃げてきた。

その子の日ごろの暴力に心を痛めていた担任は、いきさつを子どもから聴いて、「その殴らなかった拳が先生はかっこいいと思うよ。」とおっしゃったそうだ。

 

なんて素敵な先生なんだろう。

その子の悔しさ、敗北感を汲み取って、いつもやっている行為を望ましい行為に変えた子どもを認めている。たった一言で。

先生が、かっこいい!と思った私だった。

 

 

 

脱原発アクションウィーク

9月11日〜19日 脱原発1000万人アクションウィーク

今日が9月の最終日だったんですね。

大勢の人の集まるところは苦手なので、デモはほとんど行ったことありません。

脱原発に関しては昔から署名活動や寄付などで、参加してたのですが、

たまの休みにどこかでやってないかなー?とネットを見ていたら、うちの近くでは昨日終わっていました。

で、今日は敬老の日。子どもたちといっしょにおばあちゃん宅で、パステルカラーの絵を楽しみました。

 

政財界では、原発の再稼働をもくろんでいるらしいし、マスコミもだんだん報道しなくなってきているのが、余計に裏でなにかが進行しているのかと想像して怖い感じがします。

毎年50万人と言われる被曝労働する人たち

廃棄物の処理を何代にもわたって押しつけていくこと

DNAを傷つける放射能のこわさ

を思うと、原発があるかぎり本当に穏やかに安心して暮らしていけないのです。

 

小出裕章さんや反原発の学者は、今すぐにでも原発はとめられる、電力不足は起きないとおっしゃっていますね。

環境NGOのグリーンピースが、ドイツ航空宇宙センターと協力し、2012年に日本ですべての原発を停止しても、電力も雇用もまかなえ、CO2削減目標も達成できるシナリオを作成しているそうです。

でも、原発容認派は、原発がないと経済が立ち行かなくなると言っています。

どちらが正しいか私にはわかりませんが、100%安全でないといけない、ひとたび事故が起これば、どれほど悲惨な事態になるのか分かった今は、

まず「原発のない暮らし方をする」ということを大前提に考えていかなければならないと思います。

原発のない世界でどのように電力を賄っていくのか、節電対策をしていくか、を考えて実践していかないと、地震大国の日本にいつまた福島のような事故が起きるかわからないのです。

 

震災や原発事故の以前から、日本の子どもたちは将来に夢や希望が持てないという調査結果が出ています。

今はもっと子どもや若者が将来に漠とした不安を抱えているのを感じています。

この子らに、なにをどのように頑張れといったらいいのか、私も悩みます。

自分や周囲の人を大切にして、毎日の生活を感謝して過ごすことしか、子どもたちに何もいえることはありません。

おいしい料理をつくってあげることくらいしかできることがありません。(最近野菜が高騰しています。)

 

 

 

 

「今ここで」を感じ続けると

今ある心の問題を解決しようといくら考えても解決しないけれど、

「今ここで」自分が何を感じ、どんな感情があるのか、を感じつづけていると、

自然に問題は解決している。

(と、ゲシュタルトワークで聴きました。)

 

すべてのカウンセリングやセラピーは、

「今ここで」の気づき。

これにつきるのです。

 

試しに、「今ここで」の自分の体のなかの感覚を感じてみてください。

どんな感情が湧いてくるでしょう?

 

おそらく数秒後には、思考が働いて「なにか」を考えているはずです。

考えているときは、たいてい過去に戻っています。

「今ここ」にいないのです。

 

一瞬一瞬変化していく感覚や気持ちをずっと感じ続けることは、なかなか難しいです。

なので、第三者に寄り添ってもらって、気づきを促進していくのです。 

 

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